水底に力つき
沈んでいるそれは
たった一人で
この大きな川を遡って来た
独り流れに逆らい
早瀬をむりやり腹で押し渡り
波のうねりを越えて
今は蒼い水深く
静かに休んでいる
躍動する流れを飛び跳ね
大きな石を越えて
独り登って来たそれは
今は力つき
水底に鈍色(ニビイロ)に光る腹を見せ
水面から高く
空を見上げている
黒い眼球はぐるりと廻(メグ)り
静かに思い出す
望郷の想い
若者が漕ぐカヌーが今
彼の上を通り過ぎる
ふっと漏らした水泡を
何の想いか
潜(クグ)らせた若者の手がすくい
川下へ持ち帰ろうとする
数時間が過ぎ
波静かに閉じる想いは
夕日をせせらぎに映す
川面を遙かに見晴るかし
望む海へと遊ぶ心と共に
西日の内を漕ぎ渡る
手離す気泡は
波に揉まれて消えて行った
深く暗く蒼い水の内へ
静かに帰って行った
下流に拡がる石油コンビナートは
ダリア色の想いに染まり
金色に紅く広がり
碧く冷たい空気に浸食されている
静かな故郷への思いは
波の下へ下へ拡がる
気泡の夢
『硝子の欠片』…同じ系統の作品です。読んでみてください。
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=157760