おぼ針、すす針、貧針、うる針
佐々宝砂

ホデリはぼんやりと海を眺める。
眺めたであろう。
初夏の風に荒れる海を。

この嵐の季節、
田には水が必要だというのに、
ホデリの水路は乾き、
苗代は薄茶にしおたれ、
田はひび割れる。

カインが眺めたのは草原だったか、
それとも深い森だったか、
記録されていないためにわからない。

カインが弟を殺した事実は
間違いなく記載されているが、
カインが弟を殺した理由も、
はっきりと記載されているが、
記されていないことはわからない、

神に愛されないのはなぜいつも兄なのか、

弟に頭を下げ服従を誓い、
ホデリの記憶は愚かに歪み、
ホデリの手のひらにしらじらと光る、
一本の釣り針。
かつては海の幸をホデリに与えた針。

ホデリよ、手を握りしめるがいい、
おまえの道具を喪わないように、
ホデリよ、愛されないとしても、
おまえは弟殺しではない、
海からの風は南向きに変わり、
ホデリよ、やがて空模様は変わる、
おぼ針、すす針、貧針、うる針、

呪いは永久に続きはしない。


自由詩 おぼ針、すす針、貧針、うる針 Copyright 佐々宝砂 2008-06-13 22:56:35
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