私より偉い
因子

自宅から追い出されるようにして、予備校の自習室に行く。
テキストとノートを開いて、ノートにテキストを重ねて隠した部分に漫画みたいな目を描く。
いっぱい描く。
目が、というより目を描いてる自分が気持ち悪い。
そんで詩の切れ端みたいなものが出てきて、書く。
携帯を取り出してメールの新規作成画面に打ち込む。
これもきっとすぐに消去される。されるといい。
隣の子は合格のお守りを筆箱につけて一心不乱に問題集と向き合ってる。
私は何とも向き合ってない。
机にさえ。
携帯のボタンはネチネチともカクカクとも表記できそうな音をたてる。
隣の子は頑張ってるから私より偉い。

予備校で偶々再会した中学時代の友人はニコニコしながら早稲田に行きたいって言う。
彼女には夢があるから私より偉い。
彼女には彼氏がいるから私より偉い。

帰りにすれ違った中学時代の同級生は私に気がつかなかった。
あの子は私にしねとかなんかいろいろ言ってたけど
全部当然のことだったから悪い人じゃない。
しかも最終的には優しくしてくれたりして
しねと思ってる相手に優しくできるなんて私より偉い。
私は当時のことをまだ覚えてるけど
彼女は忘れてちゃんと前を見て歩いているから私より偉い。
私は胸を反らしてウェッジソールの踵をカツカツ鳴らしながら歩く。
私を追い越して行った大学生っぽい人は私には履けないような5センチのピンヒールで
真っ直ぐ歩いていったから、私より偉い。

私はどうしようもない奴だ。

電車に乗り込んで、私の前に座ったおじさんは
すごく大きな声で電話してて迷惑だけど、私より長く生きてるから、私より偉い。
私より長く生きてる人は私より経験が多そうだから私より偉い。
バイト経験のある人は私より偉い。
働いてる人はみんな私より偉い。
私より長く生きてない人ももしかしたら私より経験が豊富かもしれないので私より偉い。

こいつはなんだか痛い奴だな
こいつはなんだか嫌な奴だな
そういう人と出会って私がそんな風に相手を見下した瞬間
私の価値は再び急落するので
その相手は私より偉い。


私はどうしようもない奴だ。
偉いとか偉くないとか超下んないことを考えることにエネルギーと時間を費やしている。
私はどうしようもない奴だ。
私はどうしようもない奴だ、と言うことが免罪符になると思ってる。
私はどうしようもない奴だよ。


散文(批評随筆小説等) 私より偉い Copyright 因子 2008-03-26 22:00:45
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