北風、太陽 新しい音
水町綜助

 ニワトリ小屋の扉を開けて
 射し込む朝焼けの光に
 山吹色にかがやく
 あたたかな藁をもちあげ
 あるか
 ないか
 たまごが

 のぞきこむような気持ちで
 布団から起きあがる
 飼ったことないけど


  朝

 まだ掻き回されてない空気があり
 発せられていない言葉がある
 昨夜の音は
 終わりがけに不意に吹き始めた冬の突風に
 よりさえざえと鋭角をもたされ
 空洞を持つ樹脂製の
 ちょうど最後の授業の終わりに机から
 ペンケースを落としてしまったような
 音を立てて落ちた
 それはもうごつごつと痛いので
 水を飲みにも行かれないと眠った
 朝に
 食パンが腐るように消えた


  朝
  未だ朝

 電車にゆられながら
 口をぱくぱくと動かす
 なにかしらをつぶやいている記憶は
 もうかつて読まれたはずの頁
 そこにつらなる風化したインキの足跡
 各駅停車の扉が開く毎に
 小石混じりの光の粒が
 靴先に蹴られた水たまりのように広がり
 濡らす
 「冷たい」
 と驚くように
 「まぶしい」とつぶやき
 口をぱくぱくと動かす
 停車する毎にそれをして
 頁をり続ける
 しおりを挟む機を逃しながら


  月島
  三番出口

 風
 って
 息も止まるくらい
 今日、吹いて
 囁きなんかしない
 怒りもせず
 笑いもせず
 すべて吹き飛ばしている

 警備員さんが言った
 月島は風との闘いだ
 と笑って
 めちゃくちゃな光に
 白い反射光に
 目深な帽子のつばの下
 深く皺に陰影を作りながら
 ぼくも笑って
 よくわからないけれども
 今朝食べようとして
 食べられなかった
 菓子パンのことなど話して
 会話の途切れた余韻の中
 夏という季節が
 とおく線上より
 冬に反射光を送っているすがたを
 空想していた
 そんななかも風は
 新月陸橋から
 いま二手に分かれて
 ビルというビルに手当たり次第突っ込んでは
 吹き降り
 風同士巻き合って
 うねっては
 また逆巻き
 るつぼの中
 ぼくたちをいでは
 呼吸を止めさせた
 ぼくは冷たいビル風に
 のどの奥を詰まらせ
 押し黙ってしまって

 しばらくの静止
 なぐり 吹きすぎる風に
 不思議なほど 静まり返ったからだから
 削がれた輪郭はあらわれ
 細く、深い線を
 持つような気がして


 あきらかな

 
 まとわるもの
 剥ぎ取られた
 コート
 北風と
 太陽の
 力比べ
 旅するひとへ
 旅するひとへ
 太陽の北風を
 島の上
 太陽の
 北風を
 黒髪の一本
 うつくしく絡ませるために

 旅行するひとへ

   *

 風がすこしやわらぎ
 まばたきを二度
 息をして
 あたりを見ると
 町の人たちは
 それぞれの仕事などをして
 それぞれ笑って
 ただふつうに生きていた
 警備員さんは手帳の頁をひとつめくり
 ぼくはひとつ新しい音を発した



















自由詩 北風、太陽 新しい音 Copyright 水町綜助 2008-02-13 14:49:31
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