川口 掌



例えば其処に男が居たとする
男の瞳にはいったい何が見えて居るのか
穏やかに寄せては帰す静かな凪の海が映っている
澄み切った空の青さが際立つ緑濃い山が映っている
男の顔を見つめる男の目線まで抱えあげられた幼い子供の顔が映っている
男の傍らで静かに寝息を立てる女の顔が映っている
轟音を響かせ油を撒き散らし稼動する冷たい機械が映っている
額を流れる油にまみれた汗を吸い薄汚れたタオルが映っている
折れた鍬を添え木で縛りそれでも荒地に立つ老人が映っている
失踪だの強盗だの詐欺だのと捲くし立てる血の通わぬ画面が映っている
爆発だの紛争だの核論理だのと踊る紙面の文字が映っている
時に談笑するスーツ姿の男達が映っている
雑踏の中歩道を急ぐ人々が映っている
路上に転がる腐りかけた猫を貪る烏が映っている
道路脇を流れる泡立ち濁り底の見えない川が映っている
確かに男の瞳に映る日常
或いは男の心まで届いているかも知れない
それは解らない
男の瞳から零れる一筋の光以外は






自由詩Copyright 川口 掌 2008-01-30 18:09:43
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