確められないひと
恋月 ぴの

多摩川に架かる鉄橋を渡りきる頃
メールの着信を知らせる携帯の光が走る
両親も恋人と認める彼からのメール
簡潔な朝の挨拶に優しさ溢れる短いことば

先輩は幸せ過ぎるから

傍から見ると憂鬱そうな表情でもしていたのか
後輩がそんなことばで励まそうとした

日に何度かメールをくれる
いつものところで待ち合わせをして
気が引けるぐらい贅沢な食事と
二人の将来について語らいながらお酒を酌み交し
気が向けば彼の求めに応じて身体を許す

彼の実家で家族にもお会いした
可愛い妹さんは「お姉さん」と呼んでくれる
彼女がこちらへ遊びにきた時には自宅へ泊めて
三人でディズニーランドへ行ったりした

誰もがゴールイン間近だと思っている

それでも彼の息遣いを胸元に感じるとき
ふと思うことがある
このひとはいったい誰なんだろうかってこと
生い立ちも知っているし
卒業した学校も勤務先も知っている

それだけで彼の総てを知り得たと言えるのだろうか

深夜の洗面所に並ぶ二本の歯ブラシと
精液の臭いがする濡れたバスタオル

かつて一度も訪れたことの無い地方について
彼の語ったことばが耳に残る

去年の夏、君と出かけたあの避暑地で…

生い茂っていた葦原はいつの間にか刈り取られ
寒々しさに凍える多摩川を渡りきる頃
彼からのメールを知らせる光が走り

大切な何かを失いかけている自分に気付く




自由詩 確められないひと Copyright 恋月 ぴの 2008-01-12 21:09:39
notebook Home 戻る