無数のあなた、ひとりの私
佐々宝砂

窓を開けてそのとき
小さなひとりの神を殺したかもしれないと
タマネギを刻んだとき
取り返しのつかない何かを断ち切ったかもしれないと
悩んだ詩人がいたけれど
それは確かに真実だったと思うんだけど
あのひとはきっとシュレディンガーの猫を知らないわ

小さなひとりの神は死に/生まれ
何かが断ち切られ/つなぎとめられ

すべての出来事に蓋然性があるのなら
ディラックの海だって存在するのよきっと
現代物理学が否定したって蓋然性はあるんだから
あなたはそこを泳いでいたかもしれないじゃない

いいえ不可逆なことなんかない
取り返しのつかないことなんかない
枝分かれするすべての空にひとりの私がいる
枝分かれするすべての虚空に無数のあなたがいる

窓をいくどでもひらきましょう
神はそのたびに生まれ/死に
タマネギをいくどでも刻みましょう
何かはそのたびにつなぎとめられ/断ち切られ
ありとあらゆる壁を抜けて
量子的困難をトンネル効果で突き抜けて
エントロピーさえ逆流させて

私はあなたを存在させる
いくどあなたが死のうとも
いくどあなたが狂おうとも
そうよ宇宙は蓋然性なんだから


自由詩 無数のあなた、ひとりの私 Copyright 佐々宝砂 2004-06-19 16:13:55
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