黒い海
小川 葉

天使はやさしすぎたので
天国に連れて行かれました
その意味がわからない
一匹の猫は
黒い海を見ながら考えていました
お母さんのことを考えていました
お母さんは天使のようなおひとだった
そう考えました
天使のようなおひとだった
ということは
もうこの世界にはいない
ということでした
沖の方でとつぜん
波しぶきの音がしました
かなり大きくはげしい音でした
お母さんはきっと
そのあたりにいると感じましたが
ふと気配がして
ふりむくとそこに
お母さんがいたのでした
今はもういないはずの
お母さんでした
沖の方でふたたび
波しぶきの音がしたので
また海の方を見てから
その後もう一度ふりむくと
お母さんはもう
そこにはいませんでした
天使になったお母さんの
たった一度きりのやさしさでした
天使はやさしすぎたので
天国に連れて行かれました
猫はやっとその意味がわかりました
黒い海がどたりどたりと
音を立てて泣いていました
寒い冬のある一日のこと
雲と雲の隙間から
神様みたいな光が一筋
沖の方を照らして
やがて消えました


自由詩 黒い海 Copyright 小川 葉 2007-12-07 00:18:54
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