迷子(幼年篇)
岡部淳太郎

茅ヶ崎の海を憶えていない
浜見平保育園も
それから後の二宮の
梅花保育園のことも
みんな憶えていない

母にきけばあの頃
ひとりで保育園をぬけ出し
街中をさまよっていた
こともあったというが
それも憶えていない
  (忘れてしまったのだ)

憶えているのは
ただ何となく淋しい感じと
白黒テレビで宇宙人を見ていたことと
正月のお年玉の五百円札を落として
日暮れまで探し回ったことだけで

あの頃から迷子のように
ひとりでさまよっていたのだろう
そう思ってみずからの幼年の
紫のみじめさを思うが
そこにすでに海はなく

真夏の暑い汗したたらせる
陽気に脚はすくんでもつれ
幼いひとりははやくも空を
見上げはじめていたのだろうが
それすらも憶えていない
  (忘れてしまったのだ)

こうして迷い見上げてきたが
そこにすでに空はなく
いつのまにか しずかに
僕の幼年は葬られていた
だがそれも憶えていない
  (忘れてしまったのだ)



(二〇〇七年七月)


自由詩 迷子(幼年篇) Copyright 岡部淳太郎 2007-10-04 22:31:34
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