自殺志願者
狩心

語る為ではなく
沈黙するために
残す為ではなく
消滅するために

自らがここに居る事を肯定する為ではなく
人々がここに居ない事を否定するために
何を考えているか分からない人々の為ではなく
何を考えても抜け出せない人々のために

明確な裁判ではなく
明確な裁判のために
あらゆる地底と
あらゆる地底人のために
あらゆる
試験用紙の破棄と
試験管ベイビーの雪崩と
あらゆる
身体の感覚を失う過程と
身体の感覚を問い直す技術を
輸出するために
あらゆる
無条件降伏の下で輸入されてきた枠組みの中で
句読点の存在しない世界とその距離感を
輸出する
商品という形ではなく
一つの腫れ上がった目としての荒野を
一つ
水脹れした内臓と
刃物で刻まれていく指先の切断音を
一つ
慌しい日々の窓辺から
止まる事を許されない血液のために

閉ざされた部屋の中で蹲る少年の
絶え間ないメロディと
止まらない煙草の煙の充満を
分解する
差し当たっては
ここからは絵葉書
絵葉書の中で動く輪郭線の消えそうな
男とも女とも言えぬ人物の
その年齢不詳の改行と
風にざわめく森林を徘徊する足のない自由を

空っぽになったギターケースと
どこかに忘れてきたメロディと
空っぽになった煙草の箱と
その中で蹲る少年のために
親父が一人
一緒になって蹲る
少年の沈黙に耳を傾けて
消滅する
二人の愛を確めるために
お前の不在は私の不在
そう言って抱き締める父の
年老いた体の
弱々しい締め付けを
涙と共に洗い流し
二人で母を捜す旅に出る
母はどこかで一人孤独に
小さな歌を歌っている
いつか出会う誰かのために
残す為ではなく
愛を確めるために
誰かと二人
消滅するために

見つかったものは
父の涙
忘れられないものは
母の歌
それだけで生きていくことができた


自由詩 自殺志願者 Copyright 狩心 2007-08-01 16:13:14
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