頭脳ホテル’81
石原大介

最上階のプライヴェーエト・ジァアグジィーの
黒い鉤型の湯出口に
バラいろのヤモリどんがつっかえている
赤ん坊のように柔らかな爪のはえた
短い後ろ足をじたばたさせ
水道管の奥へ奥へと身をよじらせている
日勤夜勤で最高にクールなコンディションの俺様ってば
きわめて反射的職人的手さばきでひとまず
熱湯の水圧を全開にし
業務用洗剤の原液をうえからポリケースごと浴びせかけると
デッキブラシの柄の先をねじり込み
奴さんを引きずり出さんと試みた
のであったが
黄色い斑点の尻尾をビクビクビクンッとわななかせ
バラいろのヤモリどん
なんだかすんごいうれしそう
でしかもよく見るとそのつるりとした繊細なマーブル下腹部めが
まるで水風船さながらにどんどんどん
半透明に膨れ上がってまいりましたので
俺様急速に事態の深刻さを察知
とりあえず蛇口を元栓からきつく絞ると
ぬるぬるした裸足のまんま寝室に駆け込み
内線でフロントを呼びつけたのでありますが
アホ万年アホマネージャー例のごとく
マージャンに出かけたっきりいまだ帰らず
で、こんな真夜中に孤立無援の俺様
皺くちゃのダブルベッドのふちに腰を掛け
キャメルを一服し精神を統一いたしたところ
そもそもなんでホテルの浴室にヤァモリイイなんぞおるんじゃい?
と今度は無性に腹が立ってまいり
さっきの銀座マダム風白塗りおでんパッケージ客の落とし物だっだとして
仮に生け捕りに成功したところでいまさら
あんな化け物どう処置すべきか
見当もつかなかったし
交番に届けるったってちょっと意味がわからないし
あーいっそひとおもいに殺しちまえと
作業着のポケットから小型マイナスドライバーをば取り出し
しっかと両の手に握り締めますと
プルコギプルコギ。
なんて意味不明な呪文唱えつつ
静脈瘤。
青黒い月夜のフジヤマを背後に
東京山の手夜の喧騒を展望す
プライヴェーエト・ジァアグジィー
のスカイパノラマテラスに、むん、とばかり腹ばいになり
気のないエアマットレスの如きバラいろヤモリどんのぶよぶよ下腹部めがけて
「お客さん延長ですか?」
ひと思いに鉄槌振り下したそのとき


「満室で御座います」


頭に螺線する立体駐車場の
ネオンサインが
はじけて飛んだ








未詩・独白 頭脳ホテル’81 Copyright 石原大介 2004-05-21 06:17:49
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