ユーリさん作「私に名前を授けてください」に寄せる雑文
石原大介

 電気をつけると暗いねえ / ええ? 明れよう電気は

  / 電気をつけると夜んなったねえ

      / ああ / 夜んなったねえ

/ 外は

                    >高野文子「黄色い本」より



 ウチの母親は春なんて埃っぽくて大キライだとよく言うのですが、僕は大好きで
すね。暑くも寒くもなく。特に夜、ひんやりとした四月から五月の半ばくらいにか
けての頃の夜ってのが、一番好きかも知れません。
 なんか匂いますよね。木とか草とか。石とか土とか。水たまりにもタイヤにも、
はては水銀灯の光にさえ、ほんとうに匂いを感じるんですよ。まあだれだってそう
いうもんなのかもしれないけど。たぶん老化現象、とはいわないな。 まあとにか
く、かけがえのないこの短い季節のなかの、そんなゼイタクな感覚を大事にしたい
と最近思ってます。まるで一文の得にもならない、それゆえに独り占めできるゼイ
タクです。


 アンビシャス・ラヴァーズ。なんて素敵な言葉の響き!
 ねえ、恋人って素晴らしいよね? 僕いないけど。

                    >なぞの抜粋



 日記って「なにを感じたか」ばかりではなく「なにを為したか」を書くのが主旨
ですね。けれども、それじゃあなにも為さなかった日は何もない、ゼロの日だった
のかというとそれはそれで違うんですね。さっきから俺は何キャラなんだよと一人
ツッコミしたくなりますよね。

 僕はこんな夜に窓を開いて、悲しい言葉とか街のざわめき、どこか遠くのいろん
な匂いばかりを呼吸して暮らせたらどんなにいいだろうって思います。だってほん
とさいきん、夜の空気がとても心地よいんです。ついつい夜更かしして、いつまで
もポーと風の音を聞いてたり。あ、車の走る音っていいですね。あの摩擦というか、
コオオオッていう、乾いた風の動き。

 王様のセンチメンタル。酒なんか大っ嫌いだぜ。吐き気がする。

 体のしくみってよくわからないけど、感覚として酒は鼓膜を圧迫しますね。内側
から世界にむかって、分厚い赤い蓋をする。いっぽうで音楽ってのは室内灯のよう
に、そとの光(と闇)にぴかぴかした円い蓋をする。ほんとうは世界にはたくさん
のリズムが、数え切れないくらいの、やさしい音(ね)たちが手をつないで、あふ
れてかえっているのに、僕らは毎日、安物のステレオ装置でびりびりと皮膚や鼓膜
を刺激して自分なんてやつを確認してばかりいる…

 今日は実家で、家族と食事。鬱病が完治したことを報告して、今後の生活設計み
たいなことを話し合いました。音楽は続ける。安いアパートへ引っ越す。できるだ
けはやく自活できるようにする。そんなことを皆で取り決めました。帰りはいつも
どおり徒歩。新青梅街道の葉桜の並木を見上げながら一時間ちょっとの夜の散歩を
満喫しました。


 少しずつかたまって、絵の具のように、澱のように、ゆっくりと沈んでいく。こ
んな夜がいつまでも明けずに僕のそばにいて欲しいのです。なんちゃって。




「私に名前を授けてください」
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未詩・独白 ユーリさん作「私に名前を授けてください」に寄せる雑文 Copyright 石原大介 2004-05-13 22:26:53
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