肉屋のある風景
大覚アキラ

電信柱の影で
身籠ったおんなが
ロシア製の粗悪なピストルを構えている

臨月に近い巨大な腹が
電信柱からはみ出しているのも気にせずに
震える手で
ピストルを構えている

揺れる銃口の先には
肉屋が一人
ただ黙々と鶏を捌いている

血抜きのために
鉤爪に吊るされた鶏たちが
どこかの山村の民芸品のような風流さで
のどかな五月の風に
ユラユラと揺れている

自分が狙われていることを
知ってか知らずか
揺れる鶏の合間を
上手い具合に肉屋は行き来し
おんなの狙いはなかなか定まらない

やがて
痺れを切らしたおんなは
電信柱の影から
転がるように飛び出すと
精一杯のスピードで
肉屋めがけて走り出した

おんなが足を踏み出すたびに
容赦ない重力が
おんなの腹に襲いかかる
赤子もろとも
死んでしまえと言わんばかりに

肉屋までの距離の半ばあたりで
おんなは足を縺れさせ
無様に地面に転がった

呻きながら苦悶の表情を浮かべて
うずくまるおんなに気付いた肉屋は
巨大な肉切り包丁を片手に
ゆっくりとおんなに近寄っていく

膨れ上がったおんなの腹
足元に転がっているロシア製のピストル

それらを一瞥し
全てを解したというように
肉屋は肉切り包丁を振りかざすと
一閃でおんなの腹を掻っ捌き
中から赤子を取り上げた

そして肉屋は再び店に戻ると
それまでとなんら変わらぬ様子で
自分の仕事を黙々と続けた

肉屋の店先では
野良犬が数匹
すでに息絶えたおんなの屍骸を
争いながら喰っていた

鉤爪に吊るされて
血抜きされる鶏に混ざって
明らかに鶏ではないものが
ユラユラと揺れていたかどうかは
定かではない

ただ
のどかな五月の風が
緩やかに吹いていた


自由詩 肉屋のある風景 Copyright 大覚アキラ 2007-05-16 17:32:17
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