新茶の季節<真夜中編>
佐々宝砂

玄関を開けると ふっ と
新茶が香る
こんな深夜にも
茶工場はフル操業中で
その明かりだけが夜目に眩しい

工場の前を過ぎる
明かりが背後に遠ざかる
街灯のない土手の草むらで
気の早いコオロギが鳴いている
立夏過ぎだけれど
蛍にはまだ早い

ほらもうすこし歩くと右手に墓場だよ
もうすっかり葉桜になった八重桜
遠くのパチンコ屋の明かりが透ける
足下にはたくさんのワラビ ノビル
墓場の山菜なんて誰もとらないから
伸び放題で

急ぎ足でとっとと歩く
実はちょーっと怖い

田んぼのあぜみち通って
国道越えて
いつものコンビニエンスストア
なんとその明かりの白いこと
目がおかしくなりそうで

いつもと同じ煙草を買ったのに
まるで違う味がする
歩き煙草はいけませんよと
背中から忠告するのは誰かしら

帰り道はなんだか行きより短い気がする
なんでかいつもそんな気がする
帰り道ではなんだか誰かがいる気がする
なんでかいつもそんな気がする

ほらもうすこし歩くと左手に墓場だよ
夜道に慣れた目に
焼き場だった空き地と墓の群がみえる


そういえば私の家のひきだしには
「焼き場の帰り」と名付けるにふさわしい
一葉の写真があって
まだ幼い私の夫が義父に背負われている
義父は喪服に黒いゴム長靴を履いている
親族は十人くらいいて
みなこちらに背中を向けている
なんでゴム長なんか履いてるのと訊ねたら
親族で死体を焼き場で焼いたからだと言われた
そのころはまだ公共の斎場なんかなかったのだ

ということは義母はこの焼き場で焼かれたのか
まだ見たことのないお義母さん
写真すら一、二枚しか残っていないお義母さん
若くして亡くなった
苦労して亡くなった
お義母さん

お義母さんの悪癖は煙草を吸うことだったときいた
なのでお墓に煙草を供えてみた
火をつけて
お彼岸にぼたもち供えることもしなかったくせに
今さら私はなにやってるのやら
煙草の煙
そうしてここまでただよってくる新茶の香り

お義母さんともかく私は幸せですよ
あなたより長く生きることになりました
あなたより楽に生きていると思います
これからもそうでありますように
なんて虫のいい願いかしら


土手の道をゆく
茶工場の明かりがみえてくる
新茶の季節には
夜の道にも夜の墓場にも
新茶の香りがみちみちて
死者も生者もここに同じく生きているような気がする




自由詩 新茶の季節<真夜中編> Copyright 佐々宝砂 2004-05-04 02:08:49
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