無のむこうに
木立 悟




指をのばせば触れる
何も無く 触れる
何も無さにではなく
ただ 無いことに触れる


ちぎられたのでもなく
盗まれたのでもなく
花は指と手のひらに咲き
茎をかつぐ背を見つめる


花を隠し 歩む道
見えはじめた月も星も
雲のはざまのかたちにすぎず
けして足もとへはとどかない


風に削られつづける風が
花とともに陽へ落ちる
ひとつのまなざしを泳ぎきり
ひらきかけた片目へと降る


野と荒れ地のさかいめの
あどけない光のあつまりから
声はふいに現われて
小石の陰に分かれてゆく


呼んでいないように呼んでいる
呼んでいるように呼んでいる
しかし誰も呼んではいない
誰もいない道をゆく


ざわめきの道
しずけさの道
高まりながらやがて交互に
ひとつの色を置き去ってゆく


無のむこうに満ちるもの
指からさらに遠のくもの
指と同じかたちでいながら
触れることなく消えてゆくもの


荒れ地の風が煮立ち泡立ち
音は波を覆い退く
退きながら異なりながら
小さな唱を織り重ねる


何も無いはずはない
つぶやくことであらがいつづけ
午後の光のなかに立ち
きれいなものを燃やしてゆく















自由詩 無のむこうに Copyright 木立 悟 2007-04-30 10:00:17
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