海眼
チグトセ

僕は目が悪いので、つねづね目にコンタクトレンズをはめているのだが、たとえば海で泳いだりするときなどは、コンタクトレンズをはずさなければならなかったりする

コンタクトレンズをつけていないときの僕の視力は最悪だ
眼科医療界で流通している尺度によれば、両目合わせても0.05しかない
そのため3メートル先の友人の顔ですらうまく判別できないことがあり、シカトしたと不信を買う羽目になるため常日頃から、きちんとコンタクトレンズを装着するよう心がけている

さて、とある夏の暑い日、僕はサークルの仲間と海に出かけた
皆よくはしゃぎ、人混む海に気兼ねせず愉しみ、
湿った砂を跳ね上げ、綺麗なしぶき――科学的にはそれほど綺麗でもないしぶき――を立たせた
あなたはまぶしい黒の水着姿で、たくさんキラキラしたものの中に揺れていた
きっと、隠そうともしない無邪気さを露わにした笑顔で
フェルマータのようなえくぼを頬に刻んで
肌を塩水で潤わせ
また湿った肌を陽に通し
跳んだり、はしゃいだりしていた
僕は揺れるあなたを想っていた
だが僕にはまぶしいあなたが見えないのだった
それはまぶしすぎて目がくらんだわけではなく
目を逸らしてしまったからではなく
単純にぼやけていたわけだけど
遠くから、友人たちとビニールのワニを介してたわむれるあなたを見ようとした

まぶしい、あなたの姿が見えない
僕にだけ見えない
皆に見えているあなたのまぶしい姿を
僕だけ見ることができない
それは、切なかった


ビーチパラソルの陰でぼんやりしているとあなたが来た
僕は気付くのも驚くのも遅すぎた
リアクションを行うことを忘れてしまった
あなたは含み笑いし、僕に対して普段隠している切ない肌理や影を隠さないので、僕は目を逸らした
どうしたの? と訊くので、いやちょっと、と曖昧に応えた
元気なあい、
普段よりも幼そうに見える眉をひそめ、拡げ、はい、と言って手に持っていた黄色い物体を差し出した
それは焼きトウモロコシだった
かじりかけの焼きトウモロコシだった
無言でかじると塩味だった
あなたはビーチパラソルの陰にしゃがみこむと、背中を丸めて自分のバッグをあさりはじめた
僕は仕方なくもう一口かじった

何かが、無性に切なかった
何が切ないのだろう
こんなにも近くにいるあなたですら明確に見えないことだろうか
あなたがまぶしいその肌を隠そうとしないことが、悔しいからだろうか

丸まった背中に浮かぶ背骨
普段絶対に見る機会などない、背骨
ぼやけた視界に映り込んだ静止画の中で
その段段に均等に貼り付いた影は
溶けかけたチョコレートの鎖に見えた

思わず、触ろうとして伸ばしかけていた、指を
大慌てで引っ込めた
所在がないので急いで焼きトウモロコシの中に差し込んだ
皮をつまむと、力任せにはいだ



自由詩 海眼 Copyright チグトセ 2007-04-20 17:21:59
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