【短:小説】304丁目の黒川博士
なかがわひろか

 三百四丁目の博士の家に行くまでに、僕は三十回くらいもう諦めようかと思ったけど、二百五十丁目の看板が見えたときには、なんとかもう少し頑張ってみようと思い直した。
 博士の家に行くまでには、一丁目から三百四丁目までをひたすら歩かなければならない。もちろんタクシーを使ってもいいし、その間にいくつかの地下鉄も走っているわけだからそれに乗って行くことに関しても全く問題はない。だけど、乗り物を使って博士の家に行ったときは決まって博士の機嫌が悪いときている。それもたまたま乗ったタクシーの運転手が全く道を知らなくてタクシーの中で昼寝でもしようかと思っていたのに結局最後まで懇切丁寧に道を説明しながら目的地に辿り着いて料金を支払うときに、一万円札しかなくてそれを見た運転手に「近くのコンビニで両替してきてくれねえかな」と言われた時の機嫌の悪さに匹敵するくらいとても機嫌が悪いのだ。もちろん僕だっていち社会人としてそれなりに難しい人と付き合っても来たし、そういった人たちの対処法もいくつか知っている。だけど博士に関してはそう言ったものが一切通用しない。とにかく乗り物を使って博士の家に行ったことを知られた博士への対応に関してはどんな方法も存在しないのだ。だから僕はこんな太陽がジリジリと照りつける中ひたすら汗を拭きながら、一歩一歩三百四丁目の博士の家まで必死になりながら向かう。
 やっとのことで博士の家に辿り着いて、僕は息を整えながら、チャイムを押す。
 涼しい冷気と共に、博士がドアを開く。博士は僕を上から下までじっくり見て、納得したように僕を家に招き入れた。とりあえず博士の機嫌は悪くない。それだけでも三百四丁目分歩いてきた甲斐があるというものだ。
 博士は黙って僕を部屋まで案内した。やれやれ。外ではせみが何がそんなに不満かというくらい鳴き叫んでいる。



散文(批評随筆小説等) 【短:小説】304丁目の黒川博士 Copyright なかがわひろか 2007-04-17 20:11:02
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