喪服屋マリー
吉田ぐんじょう
濁った沼のある寂れた町に
マリーという女が住んでいた
マリーの本名は誰も知らない
彼女は
夏の真夜中のような眼をした
中々の美人であったが
友達はいなかった
若者はみな都会へ行ってしまったし
この町に立ち寄る人はいなかった
たまに長距離トラックの運転手が
沼のほとりで
栄養ドリンクを飲み干す程度だった
マリーは
レゴ・ブロックで作られたような形の四角い家に
たった一人で生活しながら
ひっそりと仕立て屋を営んでいた
母も祖母も曾祖母も
マリーの家は代々仕立て屋を営んでいた
得意分野はそれぞれ違った
母はイブニング・ドレスが得意だった
祖母はビジネス・スーツが得意だった
曾祖母は普段着るような木綿のワンピースを好んで作った
そして
そうして
マリーの最も得意なものは喪服だった
町の人々は皆彼女を
「喪服屋マリー」と呼んでいた
マリーの仕事は夜になると始まる
その時間に最も多く人が死ぬからだ
マリーは電気を好まなかった
来客は蝋燭を持って応対した
悲しそうな顔をした者
嬉しそうな顔をした者
表情はそれぞれ違ったが
マリーにとってはどうでもよかった
マリーは淡々と客の体のサイズを測り
翌朝には新品の喪服を仕立あげた
マリーの喪服はまるで黒い皮膚のように
ぴったりと体に馴染み
おそろしく軽くて動きやすかった
注文が絶えることは無かった
人は思ったよりも無感動に
毎日毎日死んでゆくのである
ある日マリーは
自分が身ごもっていることに気がついた
誰の子供だか覚えが無かった
おそらく女の子だろうとマリーは思った
理屈では説明できないこと
というものは得てしてこの世に存在する
マリーの家はいつもこうだった
父親のいない女の子が
跡を継いで仕立て屋になる
マリーもそうだったし
母もそうだった
祖母も曾祖母もみんなそうだった
マリーは生地を裁断しながら
薄く笑った
その夜は珍しく注文が無かった
マリーは生地の余り布を寄せ集めて
小さい小さい喪服を仕立てた
それはひどい難産だった
と町の人はのちに言う
マリーは丸三日苦しみ続け
女の子を産み落としたと同時に
息を引き取った
ため息をつくような安らかな最期だった
でもそれが本当かどうかは知らない
何しろマリーは一人だったから
お義理のように産婆が傍についてはいたものの
産婆は居眠りをしていて
目覚めたときには既にマリーは死んでいた
ちょうどマリーの仕事の始まる時間帯だった
マリーの葬式は簡単に済まされた
マリーが最後に作った喪服は
生まれたばかりの娘に着せられた
葬式に参列した誰よりも
娘には喪服が似合っていたそうだ
生れ落ちた女の子にも
やはり名前が無かった
人々は彼女をメリーと呼んだ