詩人は局外者であるべきである/岡部淳太郎
 
以下の方がこの文書を「良い」と認めました。
- ひだかたけし 
強く潔い生き方(生き様)
僕自身にとてもシンプルに響き入ります。
---2026/02/11 13:50追記---

- 足立らどみ 
若い人向けのログならば、私としては、どちらかの立場で
知らない世界だけどゲバ棒持って主張した詩人はともかく
少なくとも心は優しくて直感力の鋭いネット詩人だけは、
政治の使い捨ての犬になるのは作品の中だけにして欲しいですね。
理由は岡部さんと似ているのかわからないけど孤独を知らずして
言葉を理解できないからだと漠然と思います。つまり私としては
若い人向けのログで、若い心のまだまだ成長期の私も含めて、
片方によりきらず、政治的には常に裁判官の良心を持つことが
大切なんだと思います。そうでないと、レ・ミゼラブルで、
ジャン・バルジャンが教会から銀の食器を盗んで牢屋に入って終わり、
名作にはならなくなってしまいますからね。もっとピッタリのギリシャの、、
ふむ、もっと適切な事例は、山上徹也になるのか?

あくまでも詩人化計画プロセスの過程にいる人たちという限定なので、
詩人として社会的に認知されてしまって詩人として生きている詩人
については、勝手に言っていても、私はあんまり気にならないかなぁ


---2026/02/11 15:12追記---

黒髪さん、たしかに民主主義の学校として市町村の行政で学べることは
たくさんあるし、黒髪さんが書いてくれたことで言語化しきれずにいた
舌足らずのもやもやがまたすこし晴れました。ありがとうございます。

---2026/02/11 17:39追記---
アラガイさんは言葉を強調したいから、「立ち向かうべき」なのですが、
孤独は辛いですよね。好き好まなくても孤独の人はたくさんいるから、
孤独のときに同好会テニスサークルに入って多忙で誤魔化すのと、
ひとり孤独に時計を見つめるのとの違いのことだと勝手に翻訳しました。

室町さんの言うとおり、正確性は大切なことです。より明確になります。

って、さっきから、わたしが返答してるのは、よくないか。
作者はもしかするとまったく違う斬新な根っこからのログかもしれないし、、、



---2026/02/11 18:10追記---
黒髪さん、完成形ではないにしても私も真の民主主義は、資本主義ではなくても
人は本来は平等に生まれて一生を走り続けて終わるのが理想主義者でもいいけど
北朝鮮みたいに王朝制度にならないためにも、日本の風土に会わなくても、
民主主義は良いと思います。なるほど、こういうテーマは粉砕しがちですね。
作者の岡部さんはそのあたりを描きたかったのかもしれませんな。
知らないうちに巻き込まれてしまって、勝手に私にかわされてしまった感覚。
策士、策に溺れたい、、、終わらない。。。
- 洗貝新 

詩人ならば孤独に立ち向かうべきだ。というお考えにはまったく同感ですが、局外者であるべきだ。という必要はないでしょうね。その意味では黒髪氏に同意する。
言葉でイメージする詩は、もちろん眺めるだけの花鳥風月でもなく、詩人は言葉を介して書くという行為に魂を吹き込むのです。
そこには必ず思考や思想が介在する。
そのように考えたなら、たとえ右や左とかの偏った考え方を提示するにしても、
局外者として立場を表明することには反対だ。という考え方にはならないと思う。
詩人であれ一般市民であれ生活者には変わりない。
充たされる者ならば詩など書く必要もないのです。



- 室町 礼 
もっと正確にいうならば「政治的立場」
「政治的言説」というよりは「党派的立場」:
「党派的言説」といったほうがわたしには
ピンときますが、概ね賛成です。
以下の方がポイントなしでコメントを寄せています。
- 杉原詠二(黒髪)
「詩人は局外者であるべきだ」という主張は興味深いが、その原則を公に提示した時点で、それ自体が一つの立場表明となる。つまり、政治的言説から距離を取るべきだという思想を提示することは、すでに思想への参加でもある。
孤独は本来、規範ではなく結果であって、他者に要求された瞬間に倫理へと変わる。その意味で、この文章は局外性の擁護というより、一つの態度の勧告になっているように思える。
私自身は逆に、言説の中に入ることで自由が損なわれるとは考えない。むしろ対立や応答の場に身を置くことで、自分の言葉の輪郭が確かになると感じている。

---2026/02/11 16:24追記---
足立らどみさん、民主主義ですね。日本も主だった世界の国も、ずっとそれでやってきたし、民を虐げる公に何の大義もないのは明らか。では、なるべく自由であれば、頑張れる程度が上がる、そんな風に漸進的にやっていくのがいいと思いました。

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