宗教的言説と「媒介」の構造について/atsuchan69
 
以下の方がこの文書を「良い」と認めました。
- 田中宏輔2 
-  
- 鏡ミラー文志 
- 唐草フウ 
- ひだかたけし 
〉宗教は本来、弱者に寄り添い、権力に対して倫理的な歯止めをかける役割を期待されてきた存在である。しかし、政治や権力と近接したとき、宗教的価値観が秩序維持や調和の名のもとに用いられ、問題を可視化する力を失ってしまう危険がある。


うん、その通りだと想うのですが、この作品のこの段では、
「宗教的価値観」と「組織的宗教価値観」とは、キッチリ区別しないとマズいのでは、と…取り敢えずです。

---2026/01/25 21:47追記---
- 洗貝新 

議論を通り越して力が支配しようとしている昨今。
政治も宗教もどんどん議論してください。
老いて無知な僕には荷が重い。
もはや超AIの存在を、
未確認飛行物体が現れるのを待つ。
それを祈るしかないのです。
- 杉原詠二(黒髪) 
信じなければいけない、という切迫感を覚えなければならないところまで、現代人は追い詰められている。宗教というものは、本来はもっとおおらかなものであったはずだ。
 
作者より:
田中宏輔2さん、ポイントをありがとうございます。
海さん、ポイントをありがとうございます。 
鏡ミラー文志さん、ポイントをありがとうございます。 
唐草フウさん、ポイントをありがとうございます。 
ひだかたけしさん、ポイントをありがとうございます。 
仰る通りだと思います。

この国の奥の院は、祭祀システムそのものであり、戦後における各種新興宗教団体の賑わいと財閥解体は、けして無関係ではないと考えています。金融、マスコミ、軍需産業、政治と権力の背後で、そしてまた奥の院と国民との境界で、「バリアの働き」を担っているのも、これら善意と無知によって支えられた「各種宗教団体」なのかも知れません。

洗貝新さん、ポイントをありがとうございます。 
コメントもありがとうございます。 

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