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古い白い花の蔭に
恋の嘆きをみていたむかし
チョコレートの銀紙を
折り畳みながら過ごした夜
なつかしい想い出は
楽しく稚い愛の物語
その震えも忘れてはいないけれど
....
あれは欲求の充足が阻止されたことの
一時的な怒りだったのか
なんにも知ってはいなかった幼女の
ヒステリックが沸点に至り
あの時、
一軒家の玄関ドアに嵌め込まれた
デザ ....
肌にヒリヒリとした
痛みこそ忘れ去られた闇は
東の、明けきらぬ雲の幕に覆われている
耳にのこるICUの輸液ポンプのモータ音
蛍光灯で煌々と照らされる空間は
ただ白っぽく ....
窓の外は雨あがりの道端に
もう夏が振り向きもせず
透けた背中をみせている
昨晩干した洗濯物の柔軟剤が香る室内で
好きな音楽を聴きながら
刻み始めるキャベツ
レッ ....
霧が匂う
隠された風景の先を見ている
霧はたえず
その気配でただようしかなく
歩み出れば崖っぷちに咲く野の花の細い茎を
つかむような愛ならば
もはや私に
緑なき ....
サワサワと吹く松の風
ふと目をあげたら
海に迫る山肌に
薄い雪
尽きる事のない様に見える
波のたゆたいは
その胎内に微生物の死骸がまっしろく
降りつづけるのを感じてい ....
陽のかげる時
美しくなる人だった
陽の輝く時は
自分から遠くなった心を
捜しかねているのだ
まして雨の時など
濡れた頬に
昨夜のベーゼが生き生きと甦っている
....
藁人形の呪術など
やってみたことはないけれど
若気の至りで似たような実践を試みた
思い出ならばある
どんな効果があっただろうか
あの頃 片付けたはずの居室で三日もすれ ....
終章 「冬日和」
「豪州産切落とし牛でいいんよ! これと、鶏のモモ肉にしよ」
「お肉、八百円いってないわっ」
「タレはさ、こっちの使い切りサイズで料亭の味っていうフレーズの ....
「ミズノちゃん、元気ありませんね…。」
「まあな…。私らでも、ショックやからな。」
旧館寮母室で朝のミーティングを終えて
ミズノちゃんが出て行った後、
若手職員らは話す
三日 ....
「おはよう。今朝も、正門前に救急車が止まってたわよ。」
「二月になって、この数日どうなってるんだろうね?」
雑木林から出て来たサバトラ猫の鈴ちゃんと
施設の裏庭へ朝食を貰いに出向く途中の ....
「な、見て。またやってはるわ…『松の廊下』。」
「ほんまやなぁ。」
午前の館内清掃へ向かう若手職員らが足を止めて
視線を投げる主任と副主任の姿
朝礼を終えた会議室から
旧館へ戻る ....
冷たい風で日の差す路面のアスファルトに
一台の車の走行音も乾いている
道の向こう側に閉まっている施設の大きな鉄の門へ
毛繕いしながらチラッと目をやる
サバトラ猫の鈴ちゃん
....
瀬田川に架かる鉄橋に軋む音
光の帯は今を、過ぎた
引っ越し祝いで友人宅を訪問した帰り
瀬田唐橋の欄干から眺める
そこに 拡がるものは
時の流れすら呑み込んでしまいそうな ....
「今日は 良いお日和でございますな。」
店の者に挨拶して来たのは
落ち着いた身なりの中年の男
店の御主人にお目に掛かりたいと申し出る
狭い客間へ通された男は
手にする藍染の風 ....
「そうだったのかい。清吉さんて…たしか、縁日で逢った時
おりんちゃんと一緒だった、あの手代さんだよね。」
勇次は、縁日でおりんから紹介された事のある
清吉の顔だけは知っていた
....
その人の
ぶ厚い唇から飛び出した一言は
熱っぽかった
「あなた、でしたかっ!」
(は?…。)
パリッとしたスーツ姿で
母の仏前に座る中年男性とは
全くの初対面
....
畔のみちを濡れながら
駈けて行く少年が
不意に 透明になってしまった
もう同じ姿では帰ってくるまい
寂しさが静かに
胸を浸してゆく時がある
貴方と再び相逢う日のない事 ....
男が 居た
美しい男だ
あぜ道沿って咲き誇る
紅のみち
彷徨って舞いわたる
男が 居た
彼は蒼白い顔に大きな目を光らせて
おしゃれなスーツで包む
細い し ....
平成二十七年三月エディオンアリーナ大阪
椅子席S八千八百円のシートに
午前十時前から座っていた
切落とし牛肉と玉子焼き、コールスローサラダで作った
焼き肉弁当を黙々と食べなが ....
お風呂あがり
冷蔵庫から取り出すモノは
麦茶と 化粧水
冷たさが掌に残って心地よい
いつもなら
美容液とアイクリームをすっ飛ばして
乳液だけなのに 今夜は
スキンケ ....
讃えられるべきものが青春であるならば
それは軌道をめぐって来る
氷と塵の微小天体の様なものかもしれない
海が のどかに凪いでしまわない内に
美しい夢も
ほっぺたゆ ....
アオギリの葉を鳴らして
秋がゆく
時雨ている空にさえ
時折 輝いている空しい灰色の雲
風、強かったショーウインドウの前に
私を待っていた人
月並みな愛の言葉
優しげに ....
日陰にもならない
落陽高木の側、
石のベンチに腰掛けて居ると
その 百日紅のピンクは
枝先に密生して咲き
暑さに負けることなく僅かの風も
逃さない
少し離れた所 ....
まだ 夜は明けない
食器棚からグラスを出して
のぞいてみる冷蔵庫の野菜室
うっすら汗ばんだ からだに
国産レモンを半分絞った
ミネラルウォーター
....
遠イ遠イ雪ノ山
降リル事ナゾ思ハズニ
タッタひとりデ ノボルノデス ト
誰モ ダーレモ
女ガひとりノボッテイルコトナゾ
知ラナイノデス ト
止ンデイタ雪ガマタ
サ ....
ある女が 酒房に惹かれ
やかましいその片隅に
毎夜坐っていた
沈んだ目が時折光る時
女はカリカリと氷をかみ砕き
強い酒に挑んでいる様に見えた
何日かすぎた頃
....
その視線はどこを見るでもなく
誰を みるでもなく
そして何に
留まるでもない
体になじむポロシャツと
洗いざらしな作業ズボン姿のおじさん
きっとシルバー人材センターか ....
熱いゆげをわけて
ちりれんげですくって
ふう ふう 吹いて食べるのです
舌の上にのせた豆腐が
かすかに香って崩れる時
ふと時間は逆戻り
勤め帰りのスーパーで
....
背筋を伸ばして立つ
その人の目は前方の二番ホームがある背景へ
据えられている様に見えた
腕まくりされたワイシャツ
右手が口へ運ぶ平たくて長いパン
大口でかぶりつき頬張って噛む ....
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