風が歯ぎしりをする私の下
利根川はがりりと防波堤を喰っている
松林は首をそろえて灰色
唸る雲が赤城山の向こうから向こうから
艦隊を組んでやってくる
大渡橋を越えて榛名へ向かう道すがら
ぼん ....
うらうらの生き物の吐く息が
硝子だった空気をぬかるませ
希望と期待とに重くよどんで
風景は薄くかすみがかったよう
夢のよう ひとはいう
散るさくら うつくしいという
まだ咲かないさくらの樹 ....
空をわたる五線譜
歌う音符たちが飛び立ち
空はまた
もとのひび割れ
しだいに平らかになっていく墓土
それを横目に私は育った
古い先祖の亡霊と共に
農家の閉ざされた奥座敷で
手足ばかりを黒光りさせていた祖父は
私ひとりの暗い人間準備室の棚に
「元教師」とラべ ....
ほらごらん
転落注意のアナウンスを苗床に
こんなにもぞっくりと
生えそろっているひと群れを
午後三時のけだるい日射しが
彼等の弱々しい影を線路へと
身投げさせている憂うつを
ほらごらん
....
夜の昇降機
唸りが
聞こえる
唸りが
日常とまた別の日常の間を
あらゆる倦怠を乗せて
乱高下する唸りが
どこへも行けない
暗いエントランスの中央で
煌々と待ち続ける唸りが ....
果実であると思ったそれは花弁であった
ひたすら内へ内へ花開いているのだ
そして紅く紅く熟れているのだ
いや、未熟な種と共に爛れているのだ
自らを限定してしまった
実の大きさのその中で
虚ろ ....
煮え切らない夏が
堂々巡りの蝉達の声を積み上げていく
ハコモノ達の宴
その中に石綿すら望むのは間違いか
四辻の交差点
影は自分の真下に落ちるのが正しい
そして紐猫
何もない眼窩と観測でき ....
遠浅の浜辺で
貝をならべ
貝をならべ
貝をならべ
髪はふかれるままに
ワンピースの裾はなびくままに
白い貝をならべ
白い貝をならべ
白い貝をならべ
日 ....
あんた誰だい
曾祖母が言った
孝子の娘の純子ですよと言うと
母のことは覚えているようで
すんなり納得してくれた
憎い人間は覚えているらしい
自分を憎んでいる人間を忘れても
そうぽつりと祖 ....
あらゆる行動の最小公約数に
自分が残らないようにすることで
望んでやっているわけではないと
いつもいつも自分に
使い古した免罪符を渡し続けているのだ
そんな自分の発明した錬金術を使い続け ....
染井吉野ってさ
種で自然には増えないらしいね
この国にある染井吉野は全て
人の手でひとつの突然変異種から
接ぎ木されたものなんだってさ
DNAが同じだから
開花に個体差がないんだって
な ....
僕らは見知らぬ未来を味方につけるため
騙し騙しの今日をやり過ごし
昨日の名前を付けるために墓を立てては
名前を付けると昨日が色あせ遠くなってしまいそうで
やっぱり何も刻まないこともある
無言 ....
青はただ広がる
自分とは何か問われている気がして
どこまでが自分なのかもわからないまま
だから青は
寂しさにわなわなふるえ
その真ん中にひよわに立とうとする
そして青は
そのきっ ....
神様の瞳はいつも焦点が合っていないから
私の願いはいつも寄る辺のない空に消える
神様はただ広がり
神様はただ圧倒し
私は神様の何たるかを知らず
また知るもんかと強がっている
しかし、もし
....
一人占めできるだけの愛が欲しい
そうして二人閉じ籠っていたい
もしそうやっていつまでも
くだらない時を重ねたとしてその度に
涙を人肌にまで温めるだけの時間を
あなたは私に与えてくれたでしょう ....
掴もうとする指と
突き放そうとする腕は
どちらが速い?
駆け出そうとするつま先と
立ち止まろうとする踵は?
ねえ、教えてよ
みんなものごとの始め方ばかり
教えようとするんだ
....
なかなか絶望って訪れないものね
まぶたを閉じてもちらちらと
光の粒が見えてしまうように
希望ってなかなかしぶといものね
自殺志願者の手首に
ためらい傷ばかりが増えていくように
だか ....
君の眼はいつも遠くをさまよっている
夢の中を旋回するように生きる君の日常
その頃僕は断頭台の上で道化を演じるんだ
そんなの誰も見ていなくてね
すると君に手をひかれていくみたいに
遠く 遠くな ....
できる
できる
なんだってできるもん
田んぼのよこの小川だって
ひとっとび
とんぼだって
つかまえられる
このまえなんか
でっかいたいよう
手の中につかまえちゃった
あ ....
ちいさい秋見つけたの輪唱は
町の裏路地を通り抜け
いつしか夕日ばかりの
河原の土手へと
手をつないで駆けてゆく
そんな幼い日の幻影が
電信柱の後ろから
にっこりと顔をのぞかせ
むかし聞 ....
主婦たちは口に体裁詰め込んでザクロのような笑い方する
歩道から車道に伸びた我が影が轢死しているそんな日常
振り向けば職場へ続く一本の鎖に見えし雪の足跡
冬の彼らは
さながら磔刑にされた聖人
葉の仮衣を落として裸をさらし
いつの間にか澄んできた空を
悟りきった瞳で仰ぎ
死にゆく夕日の断末魔の叫びに応えて
沈黙のうちにあらわな本性になる
....
掬い上げられた水は
もう指の間から逃げ出すことを
考えている
地球の重力から逃れて
日に日に遠ざかっていくお月様は
とうとうその背中さえ見せず
呆れ顔のスフィンクスは
もう人間た ....
眠れない空虚な夜にずっくりと爪立てて食ういちぢくの実
いまここで痛みが喜びを呼ぶような一人っきりの罪をつくろう
なにもかも不器用だからならいっそ壊せ良い子の人形劇
〈わた ....
また朝が巡ってきて
僕らは波打つシーツの海から
再び生まれる
自分が何者か知ることもない一瞬が
シルル紀の珊瑚虫の記憶から始まって
母の乳房の感触まで辿ってゆき
白く洗い清められた光が
....
うらめしく掛け違いしブラウスのボタンの始まりいじる淋しさ
私に見えるのは青い空です
むかしむかしのお話で真っ白な山神の鹿が
かわそうな猟師に撃たれて死ぬ時に
倒れながら片目で仰いだその空です
そうしてさいごには
真っ白な鹿も猟師も病気の娘も
帰っ ....
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