雨の日だった。皆が傘を持ち、その分、満員電車はいつもにも増して隙間が少なかった。他社線が停まる駅で、乗客の多くが降りた。乗り込んでくる客に押されながら、ようやく身体を入れかえると、目の前に見慣れた後 ....
東京の、東側にある下町の一角。
バラック建ての小屋が建ち並ぶ路地裏の奥に、ひっそりと営業している立ち飲み屋がある。
カウンターだけの狭い店で、客は私と桑田佳祐だけ。
桑田はイカ刺しと塩サバを肴に ....
サンゴ礁の海も、青い空も、ここにはない。
しかし、ここはグアムである。
私は、この地に数日間滞在し、明日、日本へ帰ることになっている。
土産物を買うために、私は舗装されていない細い道を歩く。
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夕暮れ時に、私は、その駅に降り立った。
海に近いらしく、磯のにおいがする。駅前の目抜き通りは、さびれていて、シャッター商店街とはこのことか、と思う。閉まったシャッターには、落書きが目立つ。それで ....
長命寺幼稚園は、石神井公園駅から、歩いて七分ぐらい。
ぼくは三年保育で、その幼稚園に通った。
通常は、二年保育。早生まれだったから、三歳のころから、園児だったのだ。
だから、年長さんにな ....
いっちゃんは、喧嘩が強い。僕も、弱い方ではないが、いっちゃんには、敵わない。
二年生のある日、休み時間に僕は、教室で隣の席に座る悦ちゃんと 砂場で遊んでいた。そこへいっちゃんがやってきて、僕たち ....
小学二年生に上がって、担任は、とやべ先生になった。四十歳前後の男の先生だ。始業式の日、とやべ先生は言った。
「喧嘩がしたいときは、僕に言うように。僕が、審判をするから」
ある日、小宮君と揉 ....
かつて、コモドアーズ、というソウルミュージックのバンドがあった。その存在を知ったとき、ぼくは、こもだなおき、を思い出した。こもだなおき、は、ぼくの幼馴染。家が近所で、同じ幼稚園に通っていた。
こ ....
二十代の後半に、私は転職した。
外資系損害保険会社のセールスマンから、旅行代理店の添乗員に鞍替えしたのである。しかしそれは、積極的な転職ではなかった。セールスの仕事で思うように客が取れず、コミッ ....
街路樹の枝先が芽吹いて淡いみどり色が眼に清々しい。そんなある春の日のことである。
太一が運転する青いヴィッツは、ウィークデイの東名高速を西に向かって快調に走っていた。途中、海老名のサービスエリア ....
人は長く生き過ぎる。
それが私の人生に対する偽らざる実感である。
人間の平均寿命が、七十年を越えているなんて、快挙を通り越して怪奇としかいいようがない。他の種を見れば、犬は十年を過ぎるとお年 ....
暦の上では、冬至が過ぎたが、このところ、小春日和が続いていた。それが、一昨日あたりから天候が崩れ、今朝は霙交じりの雨だった。昼過ぎに雪に変わり、太一がパソコンの電源を落とす頃には、綿を千切ったような ....
いつもと変らぬ朝だった。私はそのつもりでいた。
毎朝目覚まし時計が鳴る数分前に目を覚ます。その直前まではたいてい夢のなかにいる。例えば犯罪を犯して迷宮に逃げ込み、逃げ回ったあげく精根尽き果て目覚 ....
同じアパートに十年も暮らすと、周りの景観も少しづつ変わってくる。
月極駐車場だった所は小奇麗なワンルームマンションになり、私のアパートの隣の旧いアパートは取り壊され、モダンな一軒家になった。今も ....
私が文章を書くようになったきっかけは、夢を描写することであった。
人は、一日に八時間眠るとして、人生の三分の一を眠って過ごすわけだが、その眠っている間、大抵は夢を見る。私の場合、
「ああ、面白 ....
十五歳のころ、文学なんてものは、自分には関係のない分野だと思っていた。
当時、遠藤周作というカソリックを信仰する流行作家が活躍していて、テレビのコマーシャルなどにも出演していた。彼は小説の他に、 ....
新宿御苑の新宿門にほどちかい雑居ビルの地下にそのバーはある。フォーマルなバーではなく、ロックバー。
扉を開けると、ツェッペリンやZZトップの大音量で、一瞬、身体が外に押し返されるような気がする。 ....
おれには、玄関の鍵を閉める習慣がない。鍵を無くしてしまうからである。これまで何度も不動産屋に迷惑をかけてきた。どうせ安普請のワンルームマンションである。侵入盗に目を付けられる心配よりも、不動産屋の苦 ....
東京湾をフィールドとする釣師にとって、アナゴは馴染みの深い魚である。
キスやハゼを狙っていても、日が沈むころになるとアナゴが食ってくる。
防波堤や漁港の岡っぱりからの釣だから、寿司屋ででてく ....
その頃、私は建築請負の会社の現場代理人として働いていた。
朝の六時半に目覚まし時計を合わせ、車で出勤する。途中、牛丼屋チェーンで納豆の朝食をとり、タバコに火をつける。ヘルメットを被り現場に入ると ....
昼下がり、健司が部屋で文芸誌の短編を読み終わったとき、例の発作が起きた。
鬱病で長く社会生活から離れている健司は、常に微発作状態にいるといえるが、ここ最近、強い脱力感に襲われることが多く、それは ....
「今年の夏も台風が多いでしょう」
テレビで気象予報士がいう。
梅雨も明けぬうちから、報道される九州地方の水害映像は、まるでパニック映画の特撮のようで、画面に見入っていると、リアルに起きているこ ....
ボディの側面に白抜きで、有限会社林工務店、とロゴが入ったオリーブグリーンのカローラバンは京葉道路から千葉東ジャンクションを抜け、東金道へ入った。
「そのうち中曽根が総理候補になるけど、太一くんたち ....
午四前時だというのに、窓の外は薄明るい。
季節は少しずつ移ろうのだろうが、いつもその変化に唐突に気づく。
そういえば今着てるものは半そでのTシャツである。
数週間まえまでは前開きのフリー ....
オイカワとは鯉科の淡水魚で、産卵期の雄は虹色に輝く。それはあたかもペットショップの水槽で泳ぐ熱帯魚のようである。主に河川の中流や湖に生息している。
私が初めてその実物を目にしたのは、富士五湖の最 ....
ことが終わってシャワーを浴びても、女たちは帰ろうとはしない。ベッドに戻り、片言の日本語で睦言を囁き、朝になればシャワールームまでついてきて、身体にボディソープを擦ってくれる。なかには朝食のテーブルに ....
私は路地裏へ迷いこんでしまった。
細い道が碁盤の目ように走っていて、古い民家が立ち並んでいる。交差点を渡ろうとしたそのとき、大きな魚が視界の右から現れた。私は電柱の陰に隠れ、魚は私に気づくことな ....
むかしの話をひとつします。
スーツを着て朝早くに出社し、夜遅くまで仕事をしていたころの話。
当時のおれはクルマで通勤していて、会社帰りの運転中に日付が変わる事もめずらしくなかった。
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日が沈みかけたので金庫の現金を数え、出納帳に記した。数十円の誤差は、自分の財布から補填し帳尻を合わせた。電気、空調のスイッチをオフにし、扉に施錠しエレベーターのボタンを押す。エレベーターはがらんがら ....
朝のうちはみぞれ混じりの雨だった。昼を過ぎてから雪になり、ネリオがパソコンの電源を落として帰宅するころには、窓の外は綿を千切ったような雪片が舞っていた。
雪が降ると東京は脆弱な街だった。人々は軒 ....
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