森をゆく陰
陽の雨 うたたね 岩棚をすべる水
老樹のうろ 葉に棲む音 午後の胞子
塞がれた兎の穴 雪割草をすすぐ沢
ほとりの鴫 消えない木霊
わけのない過去 はずのない ....
午前四時のバックシート
湾岸線を下ってゆく
両親に会話はなくて
タイヤが高架の継ぎ目を踏むたびに
小銭入れがカタカタと音をたてる
曇天の下に都市高速の枝葉が
はるか ....
彼女に名前を与えられる
機械仕掛けの椅子に坐って
一刻ごとに鐘の音が
歯車に乗せられた私の幸福を砕く
踊り出たステージに
広場の石畳を鳴らす靴音のリズム
眼 ....
こがねに濡れた葉を踏みながら
いつしか夕餉の音も消えて
百年を灯している
弱く深深と佇む街灯を数えるように
ぽろぽろと
灰色の雨粒がレインコートを滑り落ちる
街外れ ....
闇に灼けた丘の上から見下ろしていた
都市銀河が燃えてゆく
尽く
熱に凪ぐ雑草が足元を切りつけて
素足にさくりと 生傷ができる
寝起きで目をこすっている妹が
泣き出し ....
地球の反対側まで透き通っている湖の
まるく晴れて しんと停まった水の中
ゆっくり沈んでいく 花火の残光のように
暗いビロウドの湖壁
極彩色の秒針がくるくる回って 螺旋を降りてい ....
一月、すすり泣く
欅の枝が揺れて
お日様をちらちら隠す
公園に車椅子の少年
壁にボールを投げていた
車の下の猫
愛し合う? さようなら
学校の鐘が遠くて
....
立ち尽くす 家路の交差点
頭の上を通り過ぎていった雲が
次々と死んでゆく
クラクション そんな淋しい鳴き声を
塗装の剥げた信号機
ずっと雀を待っている
少し湿った風 ....
引き裂いたカーテンを
痩せ細った小さな身体に巻き付けて
よくその隅っこで泣いていた
電灯から垂れ下がった紐を
何時間もじっと睨んでる
そんな貴女のためにシチューを作ったり ....
ひどく澄んだ冬の六時が
赤茶けた月を破裂させようとしていた
森が木枯らしに波立つ
子供たちの影だけが薄く揺らめき
灯りに群がって死のうとしている
毛糸の帽子を頬までかぶっ ....
空には穴が開いている
誰かがこっそり覗いてる
交差点の真ん中に
するりと垂れた縄梯子
かばんを置いて昇ってく
初夏正午の花時計
白い帽子のカフェテラス
モノレ ....
今よりも夜が濃くて
あれは雨のにおい
ところどころ綻んだ焼き煉瓦の
ちいさな坑道に二人でうずくまっていた
ゆがんだ廃線のレールに
しじまを乗せた汽車を見送っていた
....
陽気の過ぎる歩行者天国を
とぼとぼと歩いていて
すきまがない 幸せに苦しむ人々の声は
着ぐるみのセイウチが差し出した風船に
引き伸ばされた十年後を見る
ガードレールに腰を ....
夕闇が水面を眠らせる
山頂に並ぶ鉄塔が月輪を支えて
溜池の柵に突き刺さった雲影
何処へつづくのか知らない獣道を
あなたの手を引いて走った
互いの体温は確かなものだったけど ....
ただ夜が訪れたというだけで
たまらなく悲しくなって
涙がこぼれることもある
出窓に置かれたサボテンが
月の光に絞められて
かぼそい声で私を呼んでも
ごめんね今夜は
....
放課後の廊下を歩いていた
右手には教室が並んでいて
どこまでも続いて終らない
左手には中庭の木立が並んでいて
無数のヒグラシの鳴き声が
窓ガラス越しにじっとりと暑く
....
浮浪者がひとり
ホームの支柱に寄り添いながら泣いていた
灯りを落とした回送列車が
静かに通り過ぎていった
駅員がひとり
チリトリを持ったまま
トンネルの奥底を見つめ ....
公園の中で季節を売る老人が
樫の木のベンチにぽつんと座って
売れ残った夏を鳩に投げつけていた
ぼくは池を一周 口笛吹きながら
薄く晴れた十月のパノラマに
若く散った楓を敷 ....
時代と針金に固められた空から
唄と火薬に燃やされる海へ
魚群 この二文字の内側で
そうか もう僕には翼がない そうか
潮に退屈した鯨が暴れて
街を乗せた船が揺れて
....
空にうかぶ声を追いかけていた
道はきれいな家やお店を抜けて
街路樹はどれも枝葉を停めて
バスの車窓に老婆の抜け殻を見た
石筆を握って走りながら
屋敷の塀に直線を引いてゆく ....
火の粉は
陽の寝そべる雪原に降りそそぎ
炎に弾ける冬毛の音が
なにもない空を跳ねてゆく
うさぎは
しおれた耳の先を焦がす
遠い朝に添えられた指先を
食んでいた ....
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