何故あなたは詩を書くのか?[51]
01/23 03:54
北村 守通

>34

前に別サイトで書いたことなんですが、触発されたんで書き込みます。(笑)

私流の解釈では詩は不連続、小説や随筆は連続です。
のっけから変なことをのたまいましたが、小説等が心に浮かんだものをムービー撮影したもの、詩はそれらを一枚一枚写真に撮ってストーリーとして並べたもの、と思ってます。
ストーリーを完全なものとして伝えるなら前者が楽ですし、確実です。
しかし、それは読み手の再生産の作業の方向を制限してしまいます。実際にはそれでも色々な方向性があるのですが。
一方、詩は穴だらけです。行と行との間、あるいは組み合わせが不思議な言葉と言葉の間等、説明不十分な故に読者が描く像の方向性がより一層分散する可能性が高くなります。
私は合唱と、演劇を通してそれを感じました。合唱には当然スコアがありますが、スコアが全ての指示を出せているわけではありません。
指揮者の指示も更に再生産しなければなりません。
まず、歌う者がストーリーを組み立てなくてはいけません。そしてその作業が合唱の第一の面白さであったりします。
この可能性の広さにしびれました。
本来、言葉とはその存在そのものが不連続です。デジタルです。
心というアナログ、連続を完全に再現できるわけありません。そこに穴が存在するのは当たり前。
その穴をできる限り埋めようとする文章を埋める、あるいは超越するものを書くか、それとも穴を使って描いてみるか?私が選んだのは後者のつもりです。
そして生み出してみたものから、どんな再生産がされるんだろう?という妄想があったりします。
といっても理想からはかなり突きはなされていますが。
だからやっぱり詩を描きたいです。誰かに伝えたい、ではなく創らせたい詩を描きたいです。
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