しりとりの詩 2nd[752]
2010 07/11 22:36
蒼木りん

「私」という言葉とつき合って
もう何年がたつだろう
高村光太郎の詩集と出会った頃からだったか
教室の片隅に置かれた
図書の中に
逃げ場をさがした
休み時間という
無防備な痛い時間
傷つきも傷つけもしない
白い本の中の文字をたどってゆけば
その白の向こうに
緑の草原が現れ
うらぶれた街角が現れ
夜の電球の光が見えた
始業の鐘がなるまでの
脳内の旅
そのころのわたしは
「私」なのであった
つまり
俺とか僕とかオイラではないのだ
男性の視点から書かれた愛の詩が
わたしの最初の詩だった
「私」は智恵子になりたいと思った
もし
あの本屋で
ビルマの竪琴を選んで読んでいたら
今のわたしではなかった
わたしは
「私」のままだったのだろう
智恵子は
気がふれて死んだのでなく
病で死んだのだ
「私」という言葉と別れて
もう何年がたつだろう
けして「あなた」とは呼ばれぬまま
書かれぬまま
わたしは「私」の人生を閉じるのだろう
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