【petit企画の館】/蝶としゃぼん玉[341]
2017 01/17 19:37
ハァモニィベル



 『微笑む肖像』


荒涼とした
砂漠をゆく 幻の駱駝が、
ふいに
輪廻するように、

ときに肖像画は、
物語を話すことがある。

ルーヴルからある日、
怪盗の手によって 彼女は、
その微笑みと共に消えた

よく似た六枚の微笑みが その時、
六人の金持ちに売れたそうだ

ある日、彼女が何食わぬ顔で戻ってくると
人々は、準備しておいた詳細な細部の原型を取り出してきて
そして、彼女の全身を調べたという。

また、ある人々は、彼女がそもそも誰なのかを
以前から知りたがっているという。
高脂血症を病んだ人物のセルフィ―であるとかないとか・・・
はたまた、画家の母であるとかないとか・・・
美女の行方はつかめていない
勿論、お解りのように
彼女の名は、ダヴィンチ作 『Mona Lisa』 だ。


戻って来た時、オークションハウスで8億円で落札されたと言うのは
攫われた姫君、クラナッハ作 『ジビュレ・フォン・クレーフェの肖像』だが、
彼女には妹がいる。

ホルバイン作 『アン・オブ・クレーヴズの肖像』のことである。
1539年、イングランド国王ヘンリー8世は、妃を探していた
そこでお抱えの宮廷画家 ホルバインを外国へ派遣する
姫たちの肖像画を描かせる為だ
そして、選ばれたのが、四番目の妃 アンだった。
ただ、その美貌の肖像画は、
クロムウェルとホルバインの合作だったらしい
王室史上最高のインテリと言われ、スポーツも万能であったヘンリー8世は、
気性も荒く、トマス・モアを処刑して六回も結婚している人だ
それが実際に、やってきた実物のアンを眼にしたとき、
そのささやかな瞬間が、歴史を動かし
半年後、まったく肌に触れられぬまま、アンは「王の妹」となり、
やがてクロムウェルの首が、『ユートピア』を書いたトマス・モアと同じロンドン橋の上に
架けられることを意味した、としても、おかしくはない。


それにひきかえ、
奪った怪盗の心を奪ってしまい、けして離さなかった美女もいる。

金の為でなく、ただ その絵のために
その男は 奪い
二十五年間、
どんなに貧困なときも 肖像を手放さず、抱き続けたという
 (モナリザが盗まれた頃と同じ、
  1900年ごろの話である)
その名画泥棒が手に入れたのは、
当時、世界最高額の絵画だった
ゲーンズボロ 作
  『デヴォンシャー公爵夫人ジョージアナ』 である。

実物は、英国一の美貌といわれ、
セクシーでもあり、スキャンダラスでもあった。
「待ってちょうだい、・・・十七のころは、誰もが振り返るほど
美しい公爵夫人だったのよ。それを覚えておいて」
そんな魅力的な彼女の死後、
一世紀を経て、オークションにかけらた時も、なお
その魅惑によって、誰もが振り返るほどの飛びぬけた落札額を叩き出した。
そして購入には短期間の一般公開が義務付けられた
その男が、彼女を奪ったのはそのときだ。
1876年5月の夜であった。

それから、二十五年間、片時も離れずに
彼は、彼女と過ごしたという。旅行の時も、二重底の鞄の下に入れ、
寝るときも、マットレスの間に挟んで伴に眠った。
警察に追われ、窮地に陥ったときもあった
カネに困ってどうしようもないときもあった
そんなとき、同業者は誘いの水を向けてくる
だが、その肖像画だけは、
どんな時でも頑として、守り続けた。
やがて年老いて、
ピンカートンの探偵たちに追いつめられるまで

どんな時も、彼と共にいた美貌の公爵夫人は、後世
1997年パリで謎の死をとげる元英国皇太子妃を子孫にもつことになった。
そして、
あの美貌の肖像画を愛し続けた男は、
シャーロックホームズの強敵、モリアーティー教授のモデルになった。


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