【期間限定~9月15日】23歳以上の人の『夏休み読書感想文』(原稿用紙3枚)[4]
2015 08/11 23:34
凍湖(とおこ)

『荊の城』サラ・ウォーターズ著、中村有希訳 創元推理文庫 2004.4

 大人の女性同士の恋愛を描いたミステリーで、このミステリーがすごいで1位を取った作家の手による作品だということを前評判で聞いていた。私はレズビアンなので、自分自身が憧れ共感できる、端的にいえば私の胸を熱くすることができる女性同士の恋愛ファンタジーを求めている。世の中で「恋愛もの」と言えば、ヘテロ(異性愛)のことを指す。20代になりもはや少女と呼べなくなった私も、若い女性であるというだけで「ヘテロの恋愛ものが大好物」という雑なマーケティングをされてしまう。世の中に異性愛があふれるなかで、女性同士の恋愛を描いたコンテンツで良質なものは驚くほど少ない。もはや私は、女性同士の恋愛ファンタジーに飢えていると言っていい。

 前置きが長くなってしまった。この小説は19世紀末、ロンドンの下町で泥棒一家に養女として育てられた17歳の少女スゥが、詐欺師の〈紳士〉と共に、郊外の城に住む孤独な同い年の少女モードを罠にはめ、モードが結婚したら相続するはずの財産を掠め盗ろう、と計画するところから話が始まる。当初スゥはモードの侍女として、なんとか〈紳士〉とモードを結婚させようとするが……、この先はネタバレになってしまうので詳しくは言えない。

 この物語は、私が求めていたものだった。私の胸は熱くなったし、読み終わって数日間はスゥとモードがこころのなかに住んでいた。ミステリーに分類されていることもあり、物語の筋は巧みで、登場人物の印象は冒頭から二転三転し、そのたびにすべての出来事が違って見えてくる。この物語には、善人はほとんどいない。みんな誰かしら騙しているし、利用している。作中もっともいいやつだったと断言できるのは、スゥの下町仲間であたまが少し弱くて騙されやすいディンティだった。騙されても「こなくそ!」と言わんばかりに憎悪を燃やす登場人物もいるなか、彼氏にそこそこひどい扱いを受けていたディンティが示す思いやりには、彼女の知的能力を低めに設定した作者の意図があるかもしれない。ディンティの思いやりと知能の関係には少し注意が必要だ。

 ところで、19世紀イギリスは、貧困や病が罪である時代だった。ロンドンは汚く混沌とし、狂人病院(今で言う精神病院)の入院患者に人権はなく虐待が当たり前だった。いったん入院させられてしまえば、出ることはほとんど不可能だ。貧困に社会的構造が関係していると判明し始めるのは、20世紀初頭のことであり、貧困ゆえに罪を犯すような人間は「他人を出し抜くかさもなくば死」という生活実感のなかにいただろうし、精神障碍者の人権(本当に入院治療が必要かどうかも含めて)についてまじめに議論され始めたのは20世紀後半のつい最近のことである。

 この作品全体を通して言えることだが、登場人物がみんな生き生きしている。善人はほとんどいないと書いたが、みんな生きるために抜け目なく頭を使っていて、そういったところに好感が持てる。特に女性キャラクターのしたたかさは、ステレオタイプのか弱い女性像を打ち破り、性格の悪いところこそが、彼女らの精神的自立を感じさせ、魅力的だ。まだ読んでいない人はぜひ読んでほしいと思う。

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