【期間限定~9月15日】23歳以上の人の『夏休み読書感想文』(原稿用紙3枚)[10]
2014 08/28 16:55
深水遊脚

※先に小説を読むことをおすすめします。


辻村深月『ツナグ』を読んで

 その人自身にみえているもの、その人が想像したもの。他人に見えているもの、他人が想像したもの。起きている事実はひとつなのに、人の数と想像の幅の分だけ認識のされ方は違う。
 この小説の設定では生者が面会を希望する死者と会う機会をツナグ(使者)が用意する。希望は相手の死者が依頼した生者に会うことを了解した時だけ叶えられる。面会は死者と生者どちらにとっても1回きりの機会となる。死者が生者に面会を希望することはできない。死者の方で会いに来てほしい人がいてもその人が来るとは限らない。だから生者からの依頼を承諾するときは慎重になる。そして指名する権利があるとはいえ生者にとっても面会できる死者は一人。希望が叶って死者と面会したらもう他の死者と面会することはできない。どの人もそんな契約のもとで行動するということ、誰かを己の欲求に従わせることができないということも、対話の魅力を引き出しているようにみえる。出会うことを切実に欲する人同士の対話には大事な人や物事に接するときの人の気持ちが様々に織り込まれているようにみえる。
 生者と死者だけでなく、ツナグもまたこの契約の当事者で、違反すれば命にかかわる厳格なルールのもとで行動している。この小説は5つの連作短編になっており、最後の「使者の心得」ではツナグの事情が描かれ、またそれまでの4編の生者と死者との交流がツナグの視点で描かれる。さらには依頼を伝えてそれを受ける意思を死者に確認する過程で、死者の視点からみえるものもより明確になる。
 双方にとって一回きりで、思惑で支配できない面会は、向き合うことが困難なほど重くなることもある。たとえば行方不明の婚約者の女性に会いたいと依頼した男性が、依頼が通ったことで彼女の死を知り衝撃を受ける。そして彼女の生死が不明であることを前提に積み重なってきた様々なものが壊れるのが怖くて、会う直前に逃げ出してしまう(第4話「待ち人の心得」)あるいは生前のちょっとした誤解から殺意を抱き細工し、細工通りに(あるいは偶然に)親友が事故で亡くなった高校生。その親友に会うことを依頼し実際に会うが、その親友は会っている最中はたわいもない話しかせず、ある方法で彼女の殺意を知っていたことを面会後に伝わるように仕組む(第3話「親友の心得」)
 感想文なのでこのへんでワガママをいれますが、映画で第1話「アイドルの心得」が省略されてしまったことがとても残念でした。この話、何度も読み返すくらい好きです。依頼した生者は会社員の平瀬愛美。会うことを希望した死者は3ヶ月前に突然亡くなったアイドル水城サヲリ。アイドルとファンという繋がりしかないのに水城サヲリについてよく知る平瀬愛美、また死後の彼女に会いたがる人は大勢いる(ようにみえる)のに平瀬愛美を選んだ水城サヲリ。死にたくなっている平瀬に「来ちゃダメだって。こっちは暗いよ」といったり、すぐ謝る癖のある平瀬にちょっと喝をいれたり、そのあとに「最後に会うのがファンなんて、アイドルの鑑って感じじゃない?」と笑う。それを読んで気持ちを晴らせるくらいには私は単純にできている。
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