2014 08/18 10:41
佐々宝砂
ツイッターについて少し。あとで現フォについても書きます。
私は今主にツイッターでのみ活動しています。ラクなところだけを残していったらそうなりました。ツイッターでは言葉で傷つく人が多数います。他人の言葉に傷つく人が多いですが、自分自身の言動が原因で深く深く傷ついて二度と浮上しない、そういう人たちが少しばかりして、その人たちのほうが心配になります(他人の心配するより自分の状態を心配せえっていう私の状態はさておいておきます…)。言葉というより行動が原因になりますが、自分自身のとんでもない行動をツイートして、それをさんざん叩かれる人たち。たいていはアカウントを削除して消えてしまいます。
消えることができる、というのは、ツイッターのいいところなのかもしれません。現フォでも消えることはできますね。本当に消えるわけではないんですけどね。
私は消えないことにしています。なので、あまり活動していない今でも、現フォのアカウントは消していません。もしかしたら私は現フォをストレージとして使っているのかもしれません。ここには私の詩が預けてある。なにかのときにすぐひっぱりだせる。他の人の詩もここからDLすれば自分のPCなどにとっておける。このことだけでも、現フォには大いなる価値があると私は考えています。
>>9
論争はしたくないので簡潔に。私は自他共に認める左派ですけれど、例の新聞をとるのをやめました…