【期間限定〜9月15日】23歳以上の人の『夏休み読書感想文』(原稿用紙3枚)[12]
2013 08/22 16:29
深水遊脚

『雨月物語』岩井志麻子著を読んで

 原作は上田秋成が著した怪談の古典『雨月物語』。岩井志麻子さんが女性の視点を大胆に取り入れて現代語で書いたのがこの課題図書です。岩井志麻子さんのエロさ、お下品なところはご存知の方も多いでしょう。でも岩井版雨月物語に盛り込んだ女性の視点をみると、単に下品なだけではないかもしれません。この作品には恐ろしく魅力的な女の怨霊が登場しますが、怨霊になるまえの女の心理、とくに男からはなかなか見えない、理解不能な恐ろしいものとして嫌われる様々な感情を丁寧に扱い、それらに無頓着な物語上の男が気づかなかったであろうことを鋭く突き付けます。

 真間の手児女の伝説を題材にとった「浅茅が宿」についてみてみます。原作では勝四郎という男、その妻の宮木という女、そして漆間の翁という老人が主要な人物として登場します。下総の真間での話。妻の宮木が諌めるのをきかず京に旅立った勝四郎が、7年後に荒れ果てた故郷で宮木の魂と再会します。しかし翌日、勝四郎は宮木がずっと以前に死んでいだことを知ります。漆間の翁と出会い、宮木が死ぬまでの様子を、手児女の伝説を交えて翁から聞かされます。
 岩井版ではこれに加え、手児女の霊が登場します。語り手として。手児女伝説は様々な語られ方がありますが、主要な部分は次のようなものです。「私の心は皆に分け与えることができるが、私の体はひとつだけ。私が誰かと一緒になれば他の人たちが不幸になる。所詮長くはない命。私さえいなくなれば男たちの争いはなくなるでしょう。そんな理由で手児名は海に身を投げてしまった」。そんな手児女の伝説が、実は真っ赤な嘘で、手児女を思うあまり殺してしまった男が作り上げた代物、というのが岩井版での設定です。そして手児女を殺し、偽伝説を吹聴した人物こそ漆間の翁である、とされています。手児女を殺した罪からか死ぬこともできず、手児女に対する憧れをずっと抱き続けたものの、手児女ではなく自らが作り出した手児女伝説を愛した漆間の翁の姿から知れる、手児女に永遠に近づけない漆間の翁、宮木に永遠に近づけない勝四郎。それなりに誠実な生き方なのだろうけれど思い込みに閉じている2人の男がどうしようもなく滑稽で、他人のような気がしません。

 もうひとつ、「吉備津の釜」の磯良について書いてみたいです。放蕩息子の正太郎と器量のよい娘の磯良が結婚するが、正太郎は遊女に入れ込み、ついには磯良が工面したお金をもって逃げてしまう。それがもとで寝込み、磯良は亡くなった。そして磯良の怨霊により、正太郎と遊女はじわりじわりと恐怖を味わわされ、殺されます。岩井版では磯良の若い頃のことが細やかに描写されます。実の母でさえ嫉妬するほど、どんなことでも良くできる磯良が、困難に直面するのを見てみたい。心の奥深くにそんな邪心を彼女の回りの人たちが持っていたとしたら、その邪心もまた磯良の怨霊を呼び込んだでしょう。


(本文ここまで)

1200字はきついです。だいぶ削りました。意味、通っているかな。

書籍データ
『雨月物語』
著者 岩井志麻子
光文社文庫
ISBN978-4-334-76590-3
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