2005 12/21 12:55
窪ワタル
メモ的に書いておく。
詩に「価値」とはなんだろう?
一つは「芸術的価値」だな。これは、主に「技巧」と他の名作、秀作、良作との比較において「新しい、新鮮と感じるもの」(ま、感じるも主観だし、名作、秀作、良作も主観だ)ではないか?
二つは「市場的価値」だ。大雑把な言い方だが「需要」があるかどうか?が判断の基準になる。で、この「需要」は、選ぶ側の想定によって変って来る。ある層には需要がある詩が、ある層にはないということは、詩に限らず、どのような商品でも起こることだ。
つまり、詩を薦める(売る)場合にもターゲットによって、詩集の構成が変わるのが、市場原理から考えれば当然なのである。
要は「目指す市場」を見極めることが大事なのだが、これは詩人が考えることではない。詩人であってもいいが、その詩集の作者が考えるのはいかにも歪な姿であるとおもう。
やはり「書き手(詩人)」と「売る人(プロデューサー)」が必要なのだ。詩が売れない最大の原因の一つは、このプロデュース機能が上手く働いていないからだと俺は観ている。
あとは「誰が書くか」である。これは、いとうさんの云う「付加価値」の部分であろう。
例えば、凄く有名人、タレントやらミュージシャン、異ジャンルで既に成功して、一定のファン(固定的客層・得意市場)を持っている人が詩集を出せば、ある程度の部数が見込めるし、部数が見込めるから価格も抑えられる。第一、有名であればあるほど、広告、宣伝の効率は良くなる。こう云う詩集は売れるだろう。少なくとも、現代詩文庫とかに名を連ねている一流詩人的な人達よりは売れるとおもう。
では、ここにどうしても売れたい新人無名の詩人がする。どう売るか?上記したような原則を踏まえて考えるとして・・・やはりこれは詩人本人の仕事ではない。いい編集者と敏腕プロデュサーの仕事である。 詩人は詩を書け、で、他の詩人と仲良く付き合うのもよかっろう。いかに狭い範囲でも顔や名前を覚えてもらうのは役に立つのだ。あと、金は貯めといた方がいい。詩人に出来るのはそんなことぐらいではなかろうか?(笑