2005 03/04 18:45
汰介
>「弱い者達が夕暮れさらに弱いものを叩く」
これなんか、多分自分もしょっちゅうやってるでしょうね。半ば知らない内に。
色々例える事で試みてみましょうか。
将棋で例えるのが一番分かりやすいですね。
例えば、名人戦でその打ってる手がさっぱり分からないからと言って、
もっと先を読まない素人にも分かる勝負をしろ、
と言う事ほど、間抜けなことは無いですよね。
例えば、ある小さい仲間内で一番強い人間が、天狗になって、名人に勝負を挑んで、
思いっきり負けたから、名人は最低の人格だ、と言う事になりますか?
名人、という事は、番の上での勝負で勝たない限りは、絶対に覆りませんよね。
その強さと勝負を離れた所の人間性は別、と言う事ですね。
でも、将棋は勝敗と言う決定的な共通概念があるから、
全く将棋を知らない人でも、この人は強いんだな、と言う事が分かりますが、
詩は、共通の地盤なんて無いですからね。
どの攻めを得意とするか、どの囲いが得意か、と言った話しですらなく、
挟み将棋が好きなんだけど、とか、碁だ、いやオセロの方が好きだ、
と言う風にとりとめないじゃないですか。
それを更に取り留めなくしたような。
勝敗がある状態でも、負けるのが嫌だから、お互いに強くなるのは止めましょうよ、
と言うのは筋違いでしょ。その負けた方は傷を負う状態な訳ですよね。
で、負けて悔しくてなんにも出来ないよ、そんな俺にだって詩は書けるんだ、
だって悔しいのだってどうしようもない自分の純粋な真実だ、
それをお前は俺の夢を踏みにじった、
って、そりゃそうでしょうよ。でもその勝負の詩とは別種の詩ですよね。
そんな事言われたって、昔のゴムひもを売る泣き落とし脅しありの押し売りの手法じゃあるまいし、そんなのは結局、自分の首を自分で絞めるだけです。
特にネットはそう言う純度を高めようとするのは、ある程度は諦めてないと、
余計に傷付く事になるでしょうね。
純度を高める状態と言うのは、ちょっとした事でも痛いほどの状態で、
普通だったら、そんな場所はちゃんと確保されているのだが、
色んな状態が平行してあるネットで書き続けたいのならでは、もう雑音は覚悟して置かないと駄目でしょうね。それか、徹底して丸い当り障りのない表現で、突如切られるのは覚悟しておくか、便所の落書きに徹底するか。
別に当り障りの無い表現が悪いとは思いませんが、
一方では考えすぎ、と言う意見が合ったり、
また一方では、思慮が足りないと言ったり、
ポイント付けるのでも、このタイプの人間に気軽に付けると、めんどくさそうとか、
むしろ、ポイント付ける位なら、詩自体を見て何かを感じ取ってくれる方が嬉しいのか、
はたまたこの女性につけると、隠れファンがいて直に詩で揶揄してくるのか、
やれそんな事空気で感じろだの、じゃあ、空気で自分なりに付けてみれば、
真面目に行きましょうとか、だんだん真空状態になりますね。
自分の場合はそこで限界に達すると、冷ややかになって、詩がぽんと出来たりしますね。
殆ど即興ですし。
共感と、独自性との戦いが常に渦巻いてます。
ただこう言う考えると言う作業は、結構神経を磨耗しますし、
実生活では、テンポ感の違って、それを引きずると、本当に大変ですね。
まだ、家族だから喧嘩で済んでますが、他で仕事したら、速攻首でしょうね。
生活の重石と、芸術や政治に関する問の重石とで、精神状態や矛盾なんか気にしてられない状態ですよ。
私は長男ですし、男は私一人ですし、元の姓も、今の姓も、そのまま私がおっちんだら、
普通の場合はそのまま、家系は途絶えますしね。それはどうしようも無い問題ですけど。
後、将来の事、政治の事なんか重石を加えてたら、もう眼つきなんかレーザー光線ですよ。多分体から、電気が出てますね。一切合財が許せない状態になりますね。
で、そこで自分の場合は、敢えてふっと力を抜きますね。
その状態ごと突き放す。そうすると、もうエロスやら感情が渦巻いてるのを見ますね。
なんかこんなんでましたけどw
なんか言い過ぎ?でも色んな事を間に受けていたら、はっきり言ってしょうが無いよ。
大体厳密に言ったら、傷付かない事なんか無いです。
大体私なんか、ここ見てない時でも、常にピリピリしてますし。
あんまり、神経がピリピリしているから、
車がクラクション鳴らしたり、金属的な音が外で聞こえるだけで、
悪意を感じる位ですから。
俺がちょっと動いたから、座っている椅子がギシと鳴って、
しばらくして遠くで救急車の音でも聞こえようものなら、
その所為で、人がその波動で階段から落ちてしまって、救急車で運ばれた、
俺の所為と言う位、ピリピリしてます。こう言う事を書く自体が卑怯な位です。
こう言う異常心理も下手したら同調してしまう人いるんじゃないですか?
こう言う異常心理の中にいて、それが自分の詩の真の出発点ですし、
早くそこから脱出したいから、自分を追い立ててこれましたね。自分の場合は。
もう昔の自分だったら、多分重い腰を上げるような事はしなかったでしょうけど。
そこをもう、細い糸を手繰るようにして無理矢理自分を動かしましたね。
物凄い異様ですけど。
それは、ネットのお陰ですね。感謝しますね。沢山得るものはありましたし、
もしネットが無かったら、多分自分はいつまでもつまんない事で燻り続けているでしょうね。詩にしても、音楽にしても。
ただ、見通しのちっともつかない共感系の恋愛詩だけは私の今の状況ではどうも駄目ですね。
自分の事だけでも持て余すのに、恋愛詩を見てどうしろ、と正直思ってしまいますね。
例えば、そういう意見について傷付かれても困りますね。
愛し合って楽しくて、じゃあ、私はどうしろ、と思いますね。嫉妬して欲しいんですかね。ここは自分でも思いっきり矛盾してると思いますけど、
ただ、言葉足らずな恋愛詩もずるいと思いますね。何処へでも逃げれますし。
しかも詩として独立してみる事を許さないような所がありますし。
似たり寄ったりなのは否めませんし、それだったらビジュアル込みで、
それをしないと意味が無いですね。それで、やっとスタート地点でしょ。
そう言う方向性なんだ、と言う事が分かる訳ですよね。
それについては否定はしませんよ。ただ、それでも境界は曖昧ですけど。
その曖昧さを楽しむ人もいるんだろうし。それでもややこしい。
私は自分の恋愛感情を見られたり、人にちゃちゃ入れられるのが大嫌いな人間なんで、
できたてホヤホヤの共感系の恋愛詩は残念ながらさっぱり分かりません。と言うか、はっきり言って恋愛のセンスは無いですし。
まあ、チェリーにもダークチェリーなど色々ありますわなw
と言うか、どう考えても、状況的に俺は支えられる方の人間なんですけど、、、、
まあ、自分にも悪い面は沢山あるから仕方ないですけどね。
まあ、もうちょっと自分に余裕があればその心境も変わるんでしょうけど。
めんどくさい事が大嫌いなんで、それなら、自分が良いと思った事をやった方が良い、
と思いますね。
ますますカオスに突入。いや、まだまだ。もっと引き出せるはず。