RT会議室突発連詩ログ保管庫[88]
2005 09/26 02:23
千波 一也

※夜更かし作品

銀猫 → 水無月 → いとう (敬称略)

一人一行ずつで
行けるとこまで、です。

題 「 褐 色 」

天気予報がはずれたときの 邪魔な傘に向かって
目薬をポトリ、と
落とす前に目薬を買わなければ
ところが生憎 小銭しか持ち合わせが無い
仕方がないので 缶コーヒーで我慢我慢
褐色の雨で傘はずぶ濡れ
感傷をキメるつもりだったのに
手がベトベトだ 怒りが満ちる
泥水にも似た、肌を浸食する悪寒
こころの芯まで鳥肌がざわめく
折からの突風でゴミ箱が倒れた
失われた世界を求めてざわめく褐色の虫、虫。
その向かう先は憂鬱の詰まったビルの一角
硝子戸の奥 受付嬢がニヤリと笑った

幻の姉が立ち竦む
流行遅れのグレンチェックのスカートが虫の集団と化して
膝がガクガク震えてる
震えているのは姉だけではなく
空が 町が揺れているのだ
どうしよう 足音の区別がつかない
震える指先。凪の傘。
目薬を買わなければならなかったのに
いつもいつも 天気予報は裏切ってくれる
本当にいつもいつも 陽光は影を産んで
影は虫を産み落とすんだ
気が付けば バス停の待ち人は消えていた
ただバスの影だけが音もなく停止する
珍しく時間通りにやってきたものだから
この傘を一緒に乗せる訳にはいかないから
褐色に震えるこの町を
0番の整理券で載せちまおう
エンジン音よ、さようなら
残ったものは、傘と、私と、
弱り始めた虫たちだった
残り数枚の硬貨を自動販売機が呼んでいる
ずぶ濡れの傘と、乾ききった私と、居場所を失い死にゆく虫と、
次のバスに相応しいのはいったいどいつだ
バス待ちのベンチには三つの影が揺れている
そして次のバスの影は陽光に命を預け
褐色の不安をごくり、呑みこむ
遠くに見える横断歩道の信号が、いま青に
バスの影は光に晒され揺れながら、いま、褐色に
ガスを吐きながら 三様の影を目視した
ふっと腕時計に目を落とせば
すでに時はなく、姉の虚ろな幻が揺れる
今 6時4分、と決めておこう
虫の息に似て うなじをくすぐる風一陣
それは熱風。褐色の、缶コーヒーの。
あるいはぬるくなった姉の手の そんな褐色
指先に燃える爪だけが やや異質
新たな居場所を求めて虫たちは姉の爪に バスの影はその幻に
鈍い銀の硬貨を握らせる
そういえば 傘の柄も銀だった

バスの影が震えている
膝の震えを虫たちに気付かれぬよう そっと
褐色の時刻表に歩み寄り
届かない幻のバスに 気づかないふりをしている
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