05/30 12:01
石川和広
睡蓮さん
今疲れてるから簡単にしかいえません。
吊し上げはダメです。私はずっとそう思ってる。
ただ、セクハラを無くすってのは、まずわかります。では次の問題ですが、それをどこへつなげたらよいだろうか?
人間の中に悪やエゴやよこしまや暴力への誘惑があります。
それ自体は人類誕生以来絶えません。無くすということは、それを原理的に排除することでしょうか。
たぶんそうではありませんよね。詩の会がセクハラで満ちているとします。ただ労働でも家庭でも凄まじい事態がたくさんある。そのような社会で詩の会だけ善くするのは可能ですか。
つまり言いたいのは、睡蓮さんのいうことはわかるのです。しかし私はしばし大変に困難が多いと思う。
暴力の現実について根底的に認識し、学ぶことはまず、具体的な暴力の様相を捉えることから始まる。
僕は白井さんや睡蓮さんをスケープゴートにするのはよくないと思う。
しかし佐々さんや奥主さんがなぜお怒りか、落ち着いて考えてみましょう。
私は佐々さんや奥主さんがいうことは、一理あるけど、白井さんや睡蓮さんを排除したいニュアンスも感じた。
だから是々非々で彼らに話しかけた。
なぜなら、それは他責的な点で、彼らがちがうと思う人達と変わらない気がしたから。
しかし睡蓮さん、もし協力して事に当たろうとするなら、論敵とも是々非々で話して協力したり、討議しなければ現状を1?も変えられないと思われませんか。
もし敵と戦うなら、例えば天皇主義と戦うなら、天皇主義の人の弱点や強みを把握しないと、一たまりもなく潰されます。
そのようにセクハラはさらに私やあなたの欲望の体制そのものと全く無縁ではありません。だから自分自身の加害、被害の総体とがっぷり組む形がないなら、自分も他人もたやすく圧してしまうでしょう。
まずこの問題にいいもの悪いもの図式を当てるより、自他の内なる暴力に対して語りかける目線がなければいけません。
その上でしかし、俺はやはりまずいと思うというあなた自身の言葉を聞きたい。
それをみんないわないし、怒る人もいるけど、まず何より一般論的な言葉よりあなた自身の声を聞く、語ることが、とても私は大事だしそうしたら睡蓮さんにとって一番良いのです。あなたは表現に尽力してる方なのですから。
ひとりの声が起点です。それは私もあなた自身も奥主さんも佐々さんも白井さんもポゲさんも、いや言葉を話すとは、ひとりひとりです。