批評しましょ[563]
2005 12/11 10:03
石川和広

fukaさんについてなのだが、正直何を云いたいのかはわからないけど、作品に、作品とは関係ないコメントがなされていたので。http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=57629
僕はfukaさんのいくつかの論文は面白いと思ってきた。でもそれらは全部消えていて、こちらとしては何もいえない。
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=57452
無声さんの論文なのだが、ここで僕はコメントをした。
fukaさんの論文削除の件について、無声さんが批判されていたので
僕も同意するコメントを出した。あんまり論文を消されると
追いきれなくなってしまうので。
そしたら、fukaさんから私信が来た。
作品をどうしようとぼくの恣意ですと。

ぼくはそれはわかるが、そこからそういうこと言うやつは抑圧者だとみなし
死を賭けて戦うと書いてあった。

ぼくは、そこまで力む前に議論のしようがあると思ったのだが、コメントも私信もfukaさんに送ってはならないことになった。

この話を公開するか迷ったが、議論の手段を奪われてしまったので、ここに書いている。
確かに、ぼくのコメントはもしかすると言いすぎだったかもしれない。
しかし、言論の手段を封じるというのはいかがなものかと思った。

ぼくの詩にたいして作品評とはまったく無縁なことが書かれていたからだ。
確かにその詩はfuka氏とのやり取りで感じたことが歌われている。
ぼくを襲ったのは何もfukaさんに語りかけられない無力感だった。
しかし、反論の機会を奪っておいて、罵倒のコメントをするのはいかがなものか

どうもfukaさんは、自分が抑圧されたものの側に立っていると思われているようだ。
しかしご自分の発言が凶器になっているのは無自覚なようだ。

確かに、多数ポイントが入っているものや評価されている作品は、多くは、fukaさんのいう現代詩に入るのかも知れぬ。
しかし、ご自分に対して抑圧的なものが、現代詩だと思っておられるようだ。
そして多数派をしめるとされるものが、fukaさんの現代詩なのだ。
それを、ぼくは根拠なんてなくてもいいと思っているが、きわめて状況依存的に、恣意的に敵視するようだ。
どこかにそういう党派があるみたいだ。あるのかもしれない。ぼくも一時そういうものと戦おうとした事はある。
しかし、そうして敵味方構図で描かれる批評は、どこまで詩の真実に貢献するのか。みえないままだ。
無声さんのいったように、根源から批判しているのかもしれないと思う。
それは、自分が抑圧されたという感覚かもしれないなと私信から察する。
それがどこまで深刻なものなのかわからないが相当深刻なものなのだろう。
しかしfukaさんの目まぐるしい議論の削除をみていると
そこまで真剣に自作のことに向き合っているのか、単に証拠を消しているのか区別がつかない。書きながら、目まぐるしく自分の論拠の再定義に向き合っているのかもしれない。
だとしたら、もう少し落ち着いて考えたほうがいいと思う。

それからぼくの作品に書いたコメントで、弱者ぶってという趣旨があったが、ずいぶんニーチェ的な批判だと思った。
今強いとされているものが、どういう風に弱者を装って、利益や支配をひろげていくか、
ニーチェは敏感だった。しかし、弱者を装って、登場したのはfukaさんではなかったか。
ぼくは、ルサンチマンも書いているが、もっと単なる罵倒ではなく、深い批評で打ちのめされたかった。
まさか、詩で態度表明に近いものをしてくるとは思わなかったのだろう。
ぼくは単純だから感じた事をすぐ書いてしまうのです。

ここまで書いてきて怒りはだいぶ減った。
fukaさん、ぼくを抑圧するのはやめてください。
これまでもfukaさんの書いたものはいくつかコメントを書いたし。
別に無理に仲良くしなくてもいいし。
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