批評しましょ[297]
2004 09/19 13:22
チャオ

皆さんこんにちは!

ざっとここのスレ読ませてもらいました。すごく長くて疲れました。
で、今って、山田さんは悪か善かみたいな論議されてますよね。個人的な解釈ですが。
おそらく、批評をするということはその作品自体に魅力があることだから、その時点でほめられてるんですけどね。山田さんくらいの人が批評するときって。たぶん。読んでて思いました。

その書き方が、乱暴だとかどうとかってことですよね?
自分の意見から言わせてもらえば、乱暴ですね。でも、礼儀正しいと思いますよ。すごく。言葉を書くという行為に当たって、僕はへらへらしてるのが好きだからなんとも言わないけど、まじめな人になればなるほど、礼儀がない人って許せなくなるもんじゃないですかね。
言葉書く上で、どこまで覚悟してんの?みたいな感じ。僕でさえ、持ってしまったりするときがある。でも、そう思うって、単純に何か引っかかるものがあるからで。

「世界の中心で愛を叫ぶ」が売れたのって、少なからず誰かがすごい好きだったからだと思う。でも、誰かの好きは誰かの嫌いであって、売れれば売れるほど批判したくなるでしょ。嫌いな人って。その時点ですでに僕は感情論だと思う。

で、山田さんの場合はその感情論をさらに逸脱しようとして、結局転んじゃったみたいな感じかなあ。奥主さんの文章読んで、僕はそう思いました。それを、反対派の人たちは非難するわけで、そりゃおかしいぞ!って僕は思いますね。確か発端はチアーヌさんの詩だったと思いますが、そこで、やっぱり話さないと。

そして、山田さんの書き方がまずいのは、丸裸なことですね。たぶん。愛する二人じゃないんだからさすがに、丸裸の山田さんを抱くことは出来ないんじゃないですかね?でも、そういうところも、僕は、礼儀正しいとは思うんですけど、いきなり、素っ裸で現れたら、強姦ですからね。たとえ愛の告白をしようとしていたとしても。

言葉のマナーを守りすぎると、社会のマナーがおっつかないみたいな。いっそ、ヒッピーみたいに同じ思想の人だけ集まっちゃえばいいのかもしれないけど、それじゃ意味ないですからね。混濁した社会でしか批評は意味を成しえない。てか、批判が生まれないし。

話を戻します。
単純に、批評する人は嫌われるのだ。なぜならば、大体そういう人は人の倍も本を読んで、あらゆる角度から、物事を見ようとして、そのあらゆる角度から見た結果で、(個人的なアンケート調査ですよね)物事を述べるから。やっぱり、物書きは批評家と戦うには想像力が邪魔しすぎて、本を読まなさ過ぎるのだ。「僕はそれでいい」と思うなら、罵倒されることを良しとしなければいけない。「僕はこうじゃない」と思うならば、書く事をやめて、本を読み始めるしかない。

文化論とか、トリックスター論とか、この世にある本が何冊、文章が何億存在するというのだろう。だとしたら、山田さんの鼻をくじける、本と出会える可能性は高いのだ。たとえ、ニーチェやバジュラール、孔子みたいな、有名な人を読まずとも。

結局、僕は、山田さんの批評見て「うわ、こいつ感じわりいなあ」って思ったけど、いえてるし、なにより、反撃できない。それこそ、自分を甘えさせてしまうようなそんな文章になってしまう。いつか、俺は、山田さんを根本からひっくり返したいと思うのです。
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