2004 08/12 10:19
一番絞り
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=9786「ひとふさの乳房を」
[37]のつづき
ひとふさの乳房を浮かべるしぐさで
てのひらからはなれてゆこうとする浮力をもつ
やわらかなコトバの重さの、かぐわしい
コトバには小さな抵抗が必要だといったのはだれだったか。
扉を出ようとして、上着のすそをひっかける釘のようなもの。
伸びきった裾の長さ、立ち止まった静止の姿に、外へ出る勢いが示される。
あるいは、恋人同士が噴水の傍で語り合うとき、それをさえぎろうとする車の喧騒。
それによって恋人たちが、声を聞き取ろうとしてより肩を寄せ合うことになるような抵抗。
そういうものなしには、「このわたしのコトバ」は立ち上がらないものだ。
コトバの劇性は互いに引き合う力の均衡にあるといったのはだれだったか。
そのとき、コトバはただ止っているように見えるけれども
まさにその均衡の瞬間において、
コトバは激しいドラマの只中にあるのだと。
さて、
てのひらで抱えるような重さをもつオッパイ。
その乳房のもつ重力にも逆らって、
コトバは「手のひらから離れていこうとする」。
その「重さ」は「やわらか」く「かぐわしい」。
わずか数行のあいだに転換はつぎつぎと生じ、しかも、コトバを引きとめようとする
オッパイの重力と、オッパイのために離れていこうとするコトバの浮力がある均衡をもって
引き合い、押し合い、立ち止まり、逡巡しつ書き手から離れていこうとしている。
そのようにして離れていこうとする詩のコトバへの愛着と戸惑いと未練が爽やかに綴られている。
もちろん、意思の向かう先にではなく
わたしをはなれ、たぶん
雲のように、見上げる場所へ
見上げられない場所へ
あるいは見上げない場所へ
この詩の表題が、改稿前は『雲の城』であったことを考えれば、
近寄れば手に掴むことも見ることもできない水蒸気のかたちつくる城のような、
そのような遠い遥かな場所へコトバは離れていこうとしているのだ。
ま、ここまでは何の問題もない。ただ、目を閉じてさわやかに味わえばよいのだ。
どこにもないことばの魔術に酔えばいいのだ。
とにかくこの一、二連、これまで読んだどんな詩のなかでも
一番好きなフレーズですねんのねん。
(つづく)