04/18 03:05
佐々宝砂
マムシの話。とゆーか蛇話。蛇ネタはたくさんあるので一気にかいときます。
小さいころ、台所が土間だったせいか、家のなかですらマムシが出ました。ちいさい生えたばっかのような、お箸のようなマムシをよく見ました。ちっちゃいと紋がハッキリしていて、色が鮮やかで、ある意味綺麗です。小さい小さい口から小さい小さい舌をちょろちょろ出して、いっちょまえに鎌首をもたげます。怖い物知らずだったので指先で突っついて遊んだら、母親に叱られたのを覚えています。同じころ、毒蛇と毒のない蛇の簡単な見分け方も教わりました。毒があるやつはアゴのあたりが三角にふくらんでいるのです。
母親にマムシ注意を植え込まれたおかげか、私はマムシに噛まれた経験がありません。噛まれそうになったこともありません。実家近辺も、また今住んでいるあたりも本当にマムシの多いところで、毎年マムシを見かけはするのですが、知らんぷりを決め込むと、たいていは向こうも知らんぷりして自分の行きたい方向に進んでゆきます。あちらにはあちらの都合や用事があるのだろうと思います。以前河原でぼけぼけ昼寝していたら、靴の上にシマヘビが乗ってきたことがあります。毒蛇ではないのでそのままじっと動かずにいたら、かなり時間をかけて私の両足の上を這ってゆきましたが、それだけでした。私は単なる障害物だったのでしょう。
実家のベランダに布団を敷いた状態で寝転がって本を読み、そのあとしばらく布団をしまわずに何か用事をすませて、やや時間が経ってから布団をしまおうとしたら、布団のうえにヤマカガシがとぐろを巻いていました。このときは少し、いや、かなり、びびりました。とっさにハタキを持ってヤマカガシを屋根に落としました。ずるずるとそのまま地面に落ちたようでしたが、あとどうなったか確かめなかったのでわかりません。ヤマカガシ布団に寝るのはさすがの私もいやだったので、即シーツを洗いました。蛇であれほど驚いた経験はかつてありません。そういえば草取りをしてるときに、シマヘビに似た小さな蛇を素手につかんだことがありますが、そのときの方が妙に冷静でした。自分が何をつかんでるのかわかったとたん、すぐぶん投げました。とにかく遠くに投げた。たぶん毒蛇ではなかったとは思いますが、もしかしたらマムシをつかんでいたのかもしれず、この場合ぶん投げてしまうのが、まあ正しい対処法ではありましょう(笑)。
イナカで猫を飼ってる人には経験があるのではないかと思いますが、ある種の猫は蛇ばかり捕ってきます。ネズミを捕るのがネコ、蛇を捕るのはヘコ、鳥を捕るのはトコ、と私は祖父に教わりました。詩人長田弘の『猫に未来はない』にも、ネコ・ヘコ・トコの話が出てきます。以前実家で飼ってたトラ猫がまさにヘコで、母親は、毎朝玄関をあけるたび悲鳴をあげておりました。誉めてほめて!という感じの、いかにも得意そうな顔でマムシだのヤマカガシだのアオダイショウだの……いま飼ってる猫は、家から出ることすら嫌う猫で、虫しか捕れません。こいつはムコかしら。メスなんだけれども。
実家の隣家のおじいさんは、三度マムシに噛まれました。一度目はかなり痛かったらしく即病院に担ぎ込まれ、マムシの多い地区なのですぐ血清が用意され、あっさり助かりました。二度目もやはり病院行きでしたが、一度目に比べあまり痛くなかったそうです。しかし三度目はひどかった。アナフィラキシーショックを起こして死にかけました。そのせいかどうかわからないのだけれど、退院してしばらくして、そのおじいさんは自宅の井戸に身を投げてしまいました。自殺だったのか、事故だったのかはわかりません。マムシというと、私は必ずそのおじいさんのことを思い出します。陽気なおじいさんでした。お酒を飲むと必ずへんてこりんな歌を歌いながら妙ちきりんに踊る、とても面白い人でした。
私にとって蛇は、ときに無害な、ときに致命的な、でも共存はしてゆきたい隣人です。