スレッドの書き込みログ

[201]白[2026 03/07 16:11]
伝統なんだあ。知らない。
ありがとうございます。
選考するから一通某円取られるとか、
自費出版で儲けるために鴨られるとか、
真面目に考えるほど、
私みたいな一般人には無理な世界なんだって思います。
ここで言われる運営や参加者の荒れ方はむしろ、世相の反映で、
今は障がい者の扱いで盛り上がっていましたけど、
それは、詩?詩の話?と思わなくもない。
と思えば、戦争に対峙する姿勢まで飛躍したりとか。
詩のサイトといえば確かにかつては格好の出会いの場だったし、
人によって話題の層が違いすぎていると感じる。
Twitterは死んでしまいましたし。少しだけ人より言葉に繊細な、
一市民の居場所はもうインターネットにもないんだろうか。と思っています。
入試に出たから増刷。切ないなぁ。学問なんですね。当たり前ですけど。
家にあるかな。定期購読したけど、ほとんど積んでます。
[200]おまる[2026 03/07 15:44]
灘で「手帖」はむしろ伝統ではないですかね。高橋源ちゃんも灘ですし。中島らも中坊の頃に詩にハマってたとどこかで書いてたような。
まあ、現代詩のベルエポックだった60年代の話ですけど。
[199]白[2026 03/07 12:59]★2
火に油をそそぐようなことになるのかな、と思ってるんですが
灘中の入試に現代詩手帖掲載の詩が出たそうで
つまり、現代詩手帖を小学生の時分に読める、が基本の世界があるんだなって
踊りながら考えてます
[198]おまる[2026 03/07 12:52]★1
ものを書くと言うのは思考のフレームですから、自分の置かれている状況が変わることでその思考様式が使い物にならなくなることは、わりとよくあることです。
古今、このようにして群小作家、群小詩人が
泡沫のように忘却の彼方に飛んでいってしまった、
というのも、むべなりというべきで。
目の前にある事象はたしかに興味深いが、その象徴となるような言葉や思考を安易に使わない方が良い。
いつの時代にも、時代によって仮構された歪んだ問題系(例えば「病み」とか「冷笑」とか)があるわけで、そのピットフォールに嵌ると、誇張抜きに人生滅茶苦茶になる。
思考のフレームが物書きの実存の大問題になるのならば、もはや自らそれを解体してしまった方が良いといえるのだろうが、まあ、それはそれで、かなりリスキーな方向。
むしろ大半の人はそれを恐れる。だから「私性」に走るわけですよ。言い換えれば、キャラクター性も込みで評価の対象に入れていくという傾向があって、この業界も徐々に、このあい路に入っているのかもしれない。