小詩集 日は出づ 暗き予兆のまま
杉菜 晃
◇暮れ
年が暮れる
暗い時代の予兆は
そのままに
初日は
それらを
もろに背負つて
出てくるだらう
◇木にぶつかれば
蝸牛は彼なりの歩みを
何昼夜もつづけて
ある日
障害にぶつかつた
見上げれば大木
ここからは垂直の登攀になる
彼には
水平も垂直もない
まつすぐつづくものだけが
道になる
◇日向ぼこ
日向ぼこをしてゐると
遠くから
呼ばれてゐる気がする
いつたい
呼んでゐるのは
だれだらう
◇枯野の果て
枯野径を行くと
いよよはたてに
うすびかりがしてゐる
何がはじまるのか
あるいは
何が終はるのか
◇枯れ原
枯れつくして
葦原は
金色を
深めていく
これでは
火がついても
炎を見つけるのは
不可能だ
◇訪れ
聖夜
屋根にごそごそ
鳥が来てゐる
いつたい
何を
告げに?
◇親子の関係
雀の親は
痩せほそつて
かたはらで口開ける
子雀は
膨らんで大きい
大小では
親子の判別はできない
与へる方が親で
受ける方が子
◇鵙
どこかの樹で
一羽の鵙が高啼きをしてゐる
もう一時間も前から
啼いてゐる
独りを
愉しんで
啼いてゐる
◇電車の中
五月の風を切つて
空いた電車が
疾走する
電車内では
陽と風が
目まぐるしく踊る
赤子が発狂した
◇孔雀
人界に現れた孔雀が
ゆつたりと歩みを進める
貴婦人のやうに澄まし込んで
あれでオスといふのだから
分からなくなる
◇夏馬
草原を
夏馬は駆けてゆく
病み上がりのやうに
ほつそりとして
◇魚
水のほとり
木上のカワセミが
とろつとする
岩陰から岩陰へ
魚が
素早く
逃げ隠れる
きらめく
残像
◇蟹
真昼の砂浜
砂上に
ひとつの
物証のごとく
激昂する
蟹と影
◇白い鳩
夏の夜に
翔る
白い
鳩は
星
◇夏帽子
牧場の杭に
忘れたままの
夏帽子
牛の注目を集めて
◇あはれ
サワラビ
頭垂れても
摘まれてゆく
◇灯台
灯台は
夏の海に
白い
石の塔
◇夏
炎天の
田舎町は
影さへ
燃えてゐた
◇猫柳
猫柳
赤ん坊を
あやした後
小さい手に
もてあそばれ
あげくは
口の中
◇風車
風車は
季節の移ろひにゆだね
時々刻々
ゆかしい色に染められて
回つてゐる
◇北窓
北窓を開く
伸びをする
猫をよけて
開けるのは
取り取りの屋根
霞むビル群
ビルのあはひに揺れる
海
◇青林檎
背伸びしても
少年の手に
届かなかつた
青林檎
いま
都市の店先に並んでゐる
青い林檎は
青いまま
青春は
実らないまま
◇草笛
草笛を吹く
いくら息んでも
草の音色は
四囲の
草原に吸ひ取られ
山彦には
ならない
◇風景
陸地を
鴨の親子が
歩めば
稚児の足が
追ひかける
鴨の親子が
よちよち
稚児の足が
よちよち
路上の雀が
振り返る
◇樹の胡桃
樹の胡桃は
頭を寄せ合って
あたたかい
そんな
まとまりが
幾つもいくつも
ぶら下がつてゐるので
単独者は
目のやり場に
困つてしまふ
◇雨
雨の墓
コートの婦人が
ひそかに
十字を切つてゐる
雨に
花束は
生き生きとして
◇光の布団
ススキ野
夜になると
一面
淡い光の
布団となる
◇心の沼
雪は
心の沼の
暗がりへ
定めなく
沈んでいく
降つても
降つても
沈んでいく
◇冬
木枯らし
陸地を吹き抜け
海に出て
渚の鮫に
喰はれて
果てる
◇焚火
落葉を焚く
背中に
夕日を
重ね着して