故郷の駅
fukuonara

  故郷の駅

雨が降り出した
電車を降りた客たちは 空を見つめ
駆け出す人 傘をひろげる人
迎えを待つ人など 秋の夕暮れだった
五〇年昔の阪急神戸西灘駅
少年は改札口で母を待っていた
次の電車 新しい乗客が迎えの者と合流し
古い木造の駅を後にする
母親の出迎えで 楽しそうに帰る子供の姿
木造の駅舎にぼんやり灯りがともる
雨はやまず 母はまだ来ない
近くの家から魚を焼くような
夕飯の匂い
次の電車もその次も
雨はやまず 母は来ない
少年は途方にくれた

雨がやんだ
仕方なく とぼとぼと傘を二本持って
駅を後にした
少年は迎えを待っていたのではない
働きに出ている母を気づかって
迎えに来ていたのだ
雨ならば 早く帰るかも知れないと思い

家に帰り 中学生の姉が作ってくれていた
冷めた夕飯を口にした みんな無口でだった
その日も 母の帰りは遅かった

そして五〇年 母は亡く
私は奈良で暮らしている
教員生活の定年を間近にひかえ
妻と娘の三人でかこむ食卓はあたたかい
鍋からあがる湯気と香り 一杯のビール
つつましいけれど 私にはご馳走だ

故郷の駅で少年が思いえがいた夢は
どんなだっただろうか


自由詩 故郷の駅 Copyright fukuonara 2007-01-01 20:36:01
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