常夜灯の下で  銀の夜を溶かして
蒸発王

今夜は酷い夜霧だ
むやみやたらに出歩くと
街の真中で遭難してしまいますよ
旦那
今日の所は

この常夜灯の下で
霧宿りいたしましょうよ



『常夜灯の下で』 ―銀の夜を溶かして―





((((―オオ――ン ―― オ―――− ン− −))))


ああ

犬の遠吠えですよ旦那
哀しい気持ちになりますねぇ
何故って
旦那
遠吠えは恋歌ではないですか



ずぅっと
前の話でございますよ
まだ犬は狼だった時代でございます
といっても
『彼』は最期の生残りだったのですけどね
矢張り寂しくて
自分と少しでも似たモノを探したのです
白銀の色 気高く 孤独なモノ

そして

『彼女』に出会った

白銀に輝き
気高く
孤高に夜に浮ぶ





一目惚れだったでしょうな
『彼』は『彼女』に恋をし
眠りから覚めた様に
眼光は銀に輝き
遠く離れた彼女を思い
高台に上っては
歌を詠んで告げるようになりました


ただ
所詮は畜生


何日告げようと
何年囁こうと
夜を溶かしても
雲を蕩かしてしまっても

彼女は応えられず


やがて
月に恋した狼は
その生涯を閉じました



だから犬は吠えるのですよ
先祖の彼の心をしっかりと受け継いでしまった
時折
月に向かって遠吠えをし
夜を溶かしては
瞳を銀色に瞬かせるのです
遺伝子に組み込まれた
恋が
未だに駆り立てているのでしょう

遠吠えはね
恋歌なのですよ
絶対に届く事の無い



そんな事を思うとね
旦那


たかだか常夜灯の私でも
遠く染み渡る
甘く哀しげな鳴き声が
長きに渡って醸造された一級の睦言が
この銀色の夜を溶かすのを見るにつけ

哀しいように

蕩かされるように

うっとりとなってしまうのですよ









『常夜灯の下で』 ―銀の夜を溶かして―



自由詩 常夜灯の下で  銀の夜を溶かして Copyright 蒸発王 2006-12-26 20:11:01
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