小田急線で行方不明
吉田ぐんじょう

二ヶ月ぶりに小田急線に乗った
眼がよく見えないと思ったら
乗客が全員保護色を着用している為
座席に溶け込んでしまっているのだった
水気の多い黒眼だけが幾つも
こちらを向いてぎろぎろ動いている

停車から発車までの間は
じっと車窓の外を眺めることにした
下北沢駅前のラブホテル
登戸駅のでかい居酒屋
成城学園前駅の近代的なプラットフォーム
流れてゆく幾つもの病院
入った事も無いファッションビルや
そんなものものが
車窓にべたりと貼り付いて
すぐに剥がれてゆく
そうだった
こんなところだったな
こんなところに五年間も住んだんだな
一々確認してから文庫本を開く
たたんたたん
と云う振動がお尻からつま先までを揺らす
それすらどこか懐かしい感じがして
何故か涙ぐんだりしている
開いたドアから流れ込むにおいは
紛うかたなき小田急のにおいである

ごうと音がして
電車は地下を抜けた
その明るさに喚起されたのか
五年分の記憶が
胸の内側からずうずうと
何時までも湧き出て
止まらなくなってしまった

それからわたしは
千八百二十五日分の旅に出てしまったのだろうか
そしてまだ帰れずにいるのだろうか
三十分後に着いた筈の目的地に
降りたのか降りなかったのか
何をしたのかしなかったのか
まるで思い出せないままなのである
そうして気付けば
何時か来たような気のする
ごみごみした裏路地に立ちつくしている

見上げると
からの牛乳パックみたいな団地が
そらへ向かってぽかっと口をあいていた
そのままふらふら歩き出すと
保護色の人に突き飛ばされ

そのままわたしは
何処か彼方へ飛んでしまいました

誰か探してください



自由詩 小田急線で行方不明 Copyright 吉田ぐんじょう 2006-12-25 13:47:14
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