遠雷—解体されながら
前田ふむふむ

蒼い海峡の水面に、座礁した街がゆれる。
煌々と月に照らされて。
わたしが走るように過ぎた感傷的な浜辺が、
次々と隠されてゆき、
閉ざされた記憶の壁が、満潮の波に溶けて、
どよめいては、消えてゆく。
その傍らを、捨象されて、
わたしの痩せた手で、触れなかった、
夥しいひかりの驟雨たちが、
盲目の景色のなかで浮遊している。
そのなきがらを、
黄昏ゆく枯葉の波を受けて、眠るあなたに、
せめて、見せてあげたい。

潜在の地平線の果てを逝く、
ひかりの砂塵を、見送る他者の木霊たちが、
あなたであって欲しい。

わたしの瞳孔を潤す、暖かい水脈が、
掌に滲んでくる。
手にしたのは、一握りの、微量の鼓動、
まだ動いている、確かな鼓動。

解体されたときが、鶏の声で目覚める。
水底から浮かび上がる、新しい街。
玄関を、乾いた一陣の風が跨ぎ、
わたしは、新しい鍵を、もって佇む。
            佇み続けている。

太陽の届かない部屋が見える――。
だれも訪れない居間が、見える、
テーブルの静物が、
微細な空調の音に震えている――。
 
寝室の窓を開けて、眩い冬のはじまりを、
浴びると、ゆるい暖かみが、
わたしの、いつまでも、起き上がれない、
眠る血液に、静かに透過してゆく。

遠く流れていった、
夏のもえる樹木の乱舞。
秋の夕暮れの赤い炎。
失われたときが、わたしの遺伝子のなかで、
寂しく沸騰している。

儚く墜落した過去を堰きとめている、
運河が凍る、水彩画のような冬。
冷たく解体されながら、
わたしの眼差しは、遠くに、白く薄化粧した、
古い山脈の背骨の列を、貫く。
   遥かに充ちる遠雷を、聴きながら。

 ・・・・・・

( 北緯35度東経130度、波は穏やかなり。
( こちら最前線異常なし、どうぞ。
( こちら最前線異常なし、どうぞ。

解体されながら、激しく、逞しく、生まれる朝に。
深々と降る雪の結晶が、
海に短い生涯を沈める。



自由詩 遠雷—解体されながら Copyright 前田ふむふむ 2006-12-23 22:32:32
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