おじさんのうた。
もののあはれ

おじさんは赤ちゃんだった。
おじさんは少年だった。
おじさんは青年だった。
おじさんはおじさんになった。

おじさんは頑張っていた。
おじさんは真っ直ぐな瞳だった。
おじさんは困難に立ち向かっていた。
おじさんは人と自分に正直に生きていた。

おじさんは優しかった。
おじさんは優れていた。
おじさんは優しくて優れていた。

おじさんは妬まれた。
おじさんは騙された。
おじさんは裏切られた。
おじさんは足の裏で蹴落とされた。

おじさんは疲れてきた。
おじさんは悩み事が多くなった。
おじさんは世迷言が多くなった。
おじさんは老滑になった。
おじさんは愛想笑いを覚えた。
おじさんは愛想笑いをし過ぎた。
おじさんは自分の顔を忘れた。

おじさんは仕事を愛していた。
おじさんは会社を愛していた。
おじさんは会社に愛されていないと感じた。

おじさんは妻を愛していた。
おじさんは子供を愛していた。
おじさんはみんなを愛していた。
おじさんはみんなに愛されていないと感じた。

おじさんは心が折れた。
おじさんは魂がひび割れた。
おじさんは身体中に沢山の不安があった。

おじさんは街を出た。
おじさんは線路を辿った。
おじさんは月明かりに導かれた。
おじさんは森へたどり着いた。
おじさんは樹海を彷徨った。
おじさんは夜鳥に一瞥された。
おじさんはいい眠り場所を見つけた。
おじさんは穏やかな森に包まれた。
おじさんは柔らかい風に吹かれた。
おじさんは心地よく目を閉じた。
おじさんは久しぶりに安心した。
おじさんはぐっすりと眠った。
おじさんはみんなの幸せを祈る事だけは忘れなかった。

おじさんは清く澄んだ心を抱いて生まれて来た。
おじさんは清く澄んだ蒼の天に還っていった。

おじさんは家族が心底泣いたことを知らない。
おじさんはみんなが駆けつけてきたことを知らない。
おじさんは自分が間違っていなかった事を知らない。
おじさんは清く澄んだ心を失くしていなかった事を知らない。


おじさんは。


自由詩 おじさんのうた。 Copyright もののあはれ 2006-12-21 18:27:50
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