高層ビルから飛立つ鳩
手嶋純
高層ビルから飛び立つ鳩の群れが夕陽に消えてゆく
風が弱まり、私はマフラーを丁寧にたたんだ
残酷な夜が細身の体に迫る
街は静かに息を潜めてゆく
淫らな誘惑が通りに溢れては街を彩る
私はガード下を歩きながら懐かしい光景に目をとめた
コンクリート壁に落書きが目立つようになった
私は幼い頃の思い出を一つ一つ辿る
小さなボールが転がるたびに道に飛び出し
激しく母に怒鳴られたことも今は心温まる記憶だ
誰もが大人になってゆくのだ
そして心は次第にささくれ立つ
優しい言葉を忘れ、とげとげしい言葉を覚えてゆく
人の不幸に慣れきってしまい、欲張りな大人になる
私達は不幸な時代に生きているのかもしれない
人を人として扱えない、悲しい時代の洗礼を受けている
社会正義は新聞の片隅に埋もれている
毎日、毎日、人々の心をえぐる悲惨なニュースが溢れるばかりだ
あなたは都会を離れ、人を信じながら暮らしている
私は都会を離れる勇気がなく、若さを浪費している
鳩の群れが高層ビルに舞い戻って来た
私は夜に意地悪されながら思い出の場所を立ち去った