匍匐の夜
月夜野

ほふく
 草の葉を噛みながら進んだ
 狡猾な蟐蛾の三日月の下
 浸潤する夜の裳裾とたわむれ
 潮風に臭気をさらして干乾びる
 蛇行する隘路の果てには
 屠られた白き幽愁
  
 高波に洗われるトーチカの群に
 重ねた記憶の襞を這いのぼる陰鬱な影ひとつ
 波音におののき塞いだ内耳の奥から
 容赦なく降り注ぐ銃弾の旋律
 閉じた鼓膜を外へと突きぬけ
 岸辺射る閃光の断末魔にも似た轟きを
 紫紺の海へ 
 そして黒紅の空へと還した

 えぐられた洞門の砂に身を横たえ
 錆びた鉄鎖の唇音を聴く
 鬱蒼たる草木にのまれた砲の墓場に
 水銀の露は降りて
 ものみな沈思する夜の奥底から
 馥郁とした香り立ち昇る
 戦跡の入り江に

 はるか東方の波の底に
 新しき朝はまどろみ
 終焉の始まりを告げて
 匍匐*1の夜が明ける



*1 ほふく



自由詩 匍匐の夜 Copyright 月夜野 2006-12-19 23:04:41
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