電子レンジのメロディー
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ヒステリックな叫びの断片が聞こえた気がした
いつもの駅前で振り返ってお母さんの姿を探した
それがわたしの名前を呼ぶときの彼女のやり方だった
もうそばにいない人のことを頻繁に考える
例えばそれは夕方のスーパーで買い物をしているとき
冷凍食品売り場に行けばいつもお母さんのことを思い出す
それが彼女の手料理だった
わたしも妹も喜んで手伝い、喜んで食べた
お父さんはめったに一緒にごはんを食べなかった
わたしの常識はこうだった
たまにお母さんが忙しいときは弁当屋さんの弁当だったり
コンビニのおかずだったり
した
お母さんは悪びれずごめぇん、といって食卓に
誰かパートの人や機械がこしらえた料理を温めて並べた
わたしはいつもそれを残した
お父さんはそんな日もいない
わたしの常識はこうだった
わたしの常識はこうだった
お父さんがお母さんに話しかけた
お母さんは返事をしなかった
ののしりあった
犬は吠え出した
妹がテレビのボリュームをあげると
お母さんが叱った
妹は箸を投げた
お母さんは味噌汁を妹の頭からかけた
犬は吠え出した
妹は泣かなかった
風呂に入りにいった
お父さんはさらにお母さんを責めた
わたしの常識はこうだった
わたしはこういうときいつも犬を連れて公園へ行った
ぶらんこの揺れる鎖のきしみが優しい
もうすっかり暗くなった公園でわたしは
変質者が現れてわたしを刺して連れ去ってくれればいいのにと思う
自分で手を下すエネルギーがないくせに
これ以上存在し続けるエネルギーもなかった
遠心力に頼って少しだけ重力にかなった気になった
星がとけそうになりながら遠くにあった
ぶらんこをこぎながら、わたしは、それでも
手を伸ばすことはしなかった
届かないものに手は伸ばさなかった
家の中で泣くのは卑怯だと思っていた
お父さんもお母さんも一人の人間だった
心配なのは妹が大人になったときどんなふうになるかだった
それだけ気にかけた
お父さんもお母さんも他人同士だった
何年セックスしてなくても
何年無視しあっていても
どうだっていいことだ
わたしたちは生まれてしまった
あの人たちが生んでしまった
それはわたしじゃなくてもよかった
ぶらんこの上でいつも
こんなことを思っていた
ぎいぎいとわたしの代わりにぶらんこが泣いていた
犬は空に鼻を向けて
星の匂いを嗅ごうとしていた
わたしは手も伸ばさなかった
ヒステリックな叫びの断片が聞こえた気がした
振り返ってお母さんの姿を探した
それがわたしの名前を呼ぶときの彼女のやり方だった
おかあさん
おかあさん、おかあさん
どいつもこいつもおかあさんじゃない人間たちを押しのけながら
駅前を早足で歩いて過ぎた
だってだれもわたしの名前を知らないじゃない
もっかい呼んで、呼んでよ
おかあさん