呉服屋の座敷わらし
蒸発王

商店街の呉服屋には
座敷わらしが出るんだ


『呉服屋の座敷わらし』


何年も前
近所の商店街は
七夕が近づくと
ささやかながら華やいでいた


電燈の高い所に
白と桃色の玉飾りが枝垂れ
店の軒先には
笹の葉、
ではなく竹の葉が揺れていた
其の中で一件だけ
笹の葉を飾っている店があって
小さな呉服屋だった

七月七日には
七夕祭りが開かれて
酒屋も家具屋も鶏肉屋も
皆お祭りの屋台のように
金魚救いやヨーヨー釣りを出店にする中

その呉服屋は
映画を上映していた


狭い店内
帯や着物やらをめいいっぱい横によせて
畳2畳分ほどのスクリーンに
御伽草子の映画を回した
6畳ほどの客席に
子供が20人くらいすし詰めになって
スクリーンに夢中になった

この時

映写機とスクリーンの間に
人が居ないのに
スクリーンに影が映ることがあった
影姿しか見えないソイツは
皆がせっかく見ているのに
変なポ―ズで映画の邪魔をして
ヤジを飛ばされたりしたけど
皆と一緒に
物語りに泣いたり
笑ったり
喜んだりして
皆が帰る時には
影姿だけで手をふった



いつしか
姿の見えない『もう1人』は
座敷わらしなんだ
と仲間内で言われるようになった

七夕にしか会えない
呉服屋の座敷わらし




それから
何年も経った

商店街の近くにはスーパーができて
夜中まで騒いでいた魚屋も
8時には店じまいをするようになった
小学生は大学生になって
働いている同級生も
母親になっている同級生もできて

呉服屋は


もう無くなった


季節は冬で
七夕なんかずっと先の話しで



なのに



今夜
私は座敷わらしを思い出した

会いに行こう

そう思って出かけた
夜更け
街燈の光が
しろくしろく
あの呉服屋を照らしていた

シャッターには閉店のお知らせが
黄色くなって貼りついていたけど
白いシャッターが向かいの街燈に
白く
白く
照らされていて


あの頃のスクリーンみたいだ


思った
その時



影姿のアイツが映った
私は大きくなったのに
アイツの背丈は昔のままで
あいかわらず面白い格好をして
私を笑わせると


暫く静かになって


ゆっくりと



手をふった



見えないサヨナラが
粒子になって届く様に
じんわりと
私は理解した

だんだんと
薄くなっていく影

私も一生懸命

手を
ふった


アイツが見えなくなるまで



ずっと


手をふった




過ぎていっても
決して消える事の無い
大切な何かに


ずっと
手をふり続けた





『呉服屋の座敷わらし』


自由詩 呉服屋の座敷わらし Copyright 蒸発王 2006-12-16 02:35:02
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